Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜
「何でしょうか?事件が解決したのであれば私はもう関係ないのでは?」

翡翠は訝しげにそう言ったものの、紫月は「すぐ終わりますので少し確認させてください」と頭を下げる。彼女は迷う素振りを見せたものの、紫月が部屋の中に入ることを了承してくれた。

「それで話とはなんですか?私、締め切りが近いので早く書かないといけないんです」

相変わらず可愛らしいもので満たされた部屋のテーブルにはパソコンが置かれており、その電源が入っていた。執筆の途中だったのだろう。

「お仕事中にすみません。では単刀直入に聞きます」

紫月の顔から笑みが消える。その彼の表情を見て、翡翠の顔は一気に警戒心に包まれていった。

「あなたは事件が起こった時から樋口皐月が犯人だとわかっていたのではありませんか?」

「……何のことでしょう?事件解決は刑事さんたちの捜査のおかげでは?」

部屋の温度が冷えていく。二人の視線が絡み合った。紫月はゆっくりと息を吐き、口を開く。

「お前は泉翡翠じゃないだろう。戸籍上は泉翡翠だが、泉翡翠ではない」

「一体何のお話で?」

「十年前、火事を起こして三島夫妻を殺害したのは泉翡翠の中にいるお前だという話だ」

翡翠の瞳が大きく揺らいだ。
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