Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜
File2 Hellfire

二人の過去

静寂に包まれた部屋に、アンティーク調の時計の秒針の音がやけに大きく響く。紫月は目の前の女を睨み付けていた。翡翠も紫月を絶対零度の目で見つめている。しばらくの沈黙の後、翡翠がグロスが塗られた口を開く。

「……樋口皐月が犯人だと知っていた根拠は?」

「簡単だ。樋口や条野の指紋が部屋から検出されたのにお前のものはなかった」

「私が消したと取り調べをした刑事は言っていましたが?」

「もしもお前が指紋を消したのなら、樋口や条野の指紋も消えているはずだ。人間の指紋は簡単につく。警戒心の強い人間ならば全ての指紋を消そうとするはずだ。……そもそも、お前が殺害をしたのであれば簡単に見つかるような殺しはしないだろう」

紫月が淡々とそう言い放つと、部屋に笑い声が響いた。翡翠は肩を震わせ、口を開けて笑っている。その様子に紫月は先ほどの皐月のことを思い出した。

「……あたしのことをあの二人が喋ったか?」

翡翠が言っているのは翡翠と養子縁組をした泉夫妻のことだろう。精神科医である二人は翡翠の抱える病気のことも、目の前の女のことももちろん知っている。しかし紫月は首を振った。
< 66 / 306 >

この作品をシェア

pagetop