Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜

「俺が泉翡翠の過去を調べていくうちに、その仮説にたどり着いた。そしてそれを泉夫妻に話した。泉夫妻からその時に初めて泉翡翠の状態を教えてもらった。二人が自分の意思で話したわけじゃない」

「そうか……」

翡翠は少し安心したように息を吐く。彼女を纏う雰囲気や言葉遣いは、初めて会った時とは全く違うものだった。彼女はずっと泉翡翠を演じていたのだ。

「泉翡翠は解離性同一症だ」

紫月の言葉に目の前の女はゆっくりと首を縦に振る。解離性同一症はかつては多重人格と呼ばれたものだ。適応能力を遥かに超えた激しい苦痛や体験による心的外傷になどによって一人の人間の中に全く別の人格が複数現れる病気である。

「何故その病気を疑った？」

「この家のキッチンには豊富なスパイスが並んでいる。だが、宮崎に行った時に聞いた話では泉翡翠は辛いものにトラウマがあったそうだ。そんな人間がスパイス料理を好んで食べるとは思えない」

「……そして、別人格があの火事を引き起こしたのではないかと思ったのか」