Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜
「泉翡翠の母親は料理なんてしない人間だった。そんな彼女が揚げ物を作るなんて考えられない。そして火事があった際に漂っていたという独特の匂い。それでピンと来た」

紫月は宮崎で聞いた話を思い出す。見えなかった糸を手繰り寄せ、一つの作品を生み出す。そうして見えた答えを紫月は目の前の女にぶつけた。

「お前はあの日、麻薬を誰かから買ったんだろ。麻薬は独特の匂いがする。でもそれは警察関係者か麻薬をやっている奴しかわからない匂いだ。そしてそれを三島夫妻に渡した。麻薬と酒で二人がハイになったところで油を火にかける。そして火の近くで殺虫剤を撒いた」

殺虫剤の中には可燃性のガスが含まれている。そのガスに引火し部屋は炎に包まれていった。翡翠はすぐに逃げ出したものの、三島夫妻は酒と麻薬で正常な判断はできず、犠牲となった。遺体は激しく燃えたせいで内臓などは残っておらず、検死をしても何も見つからない。こうして完全犯罪が成立したのだ。

「何故殺した?いくら虐待を翡翠が受けていたとはいえ、殺す必要があったのか?」

紫月の問いに女はため息を吐いた。その顔には嫌悪感と怒りがある。

「お前、親に毎日のように暴力を振るわれたことはあるか?」

冷たい声が響く。紫月が首を横に振ると、女は質問を続けた。
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