Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜
「風呂に入ることを許されず、許されてもお湯ではなく冷水を使うように言われたことは?」

「食事はいつも古くなった食材か腐ったものを少量。親は出来立ての温かいご飯。それを食べたら殴られて押し入れに閉じ込められる。そんな経験は?」

「ライターを皮膚に近付けられたり、生ゴミを頭からかけられたことは?」

紫月は首を横に振るしかなかった。目の前の女が話していることは、翡翠が受けた虐待の数々なのだろう。あまりにも悲惨なその内容に紫月は言葉を失ってしまう。

「学校では汚い服しか与えられず、体もまともに洗えないあの子はいじめられた。家では親に虐待をされた。……おまけにあの子は、父親にされてはならないことを!」

女は声を荒げ、体を震わせながら自身の体ーーー翡翠を抱き締める。その目を見て紫月は何をされたのか悟った。それと同時に憤りを感じてしまう。この国は何度傷付いた子どもを見捨てるつもりなのだろうか。いつもその命が奪われた時にしか事態は動かない。

「……あの子はいつも図書室で本を読むのが好きだった。物語の世界に入り込むことだけが、あの子に与えられたわずかな平和で幸せな時間だった。でも、その小さな平和はあの親たちがすることに耐えられなかった。だからあたしたちが生まれた」
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