Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜
目の前の女によれば、翡翠の中にいる別人格は多い時には百を超えていたという。しかし三島夫妻を目の前にいる人格が殺害し、泉夫妻に引き取られたことで別人格は一人ずつ減って行った。翡翠として生きている目の前の人格は最初に生まれ、最後まで残っている人格なのだという。

「翡翠はずっと心の奥底に閉じこもって出てこない。だからあたしが翡翠として生きている。翡翠が幼い頃に描いた夢をあたしが叶えている」

「そうなのか……。ところで、別人格は得意なことや名前や性別も違うと聞いたことがある。お前の名前は何だ?」

紫月の問いに対し、目の前の女は「アノニマス。性別は女だ」と即答する。その答えに「ふざけているのか?」と紫月は口にした。アノニマスーーーこの名前の意味は英語で「無名の」という意味だ。

「ふざけてはいない。あたしはこう別人格から呼ばれていた。あたしの他にも「ヴァイオレット」や「エイミー」と呼ばれている人格もいた」

その目は真剣そのもので、ふざけているわけではないとわかる。紫月は「疑って悪かった」と謝る。アノニマスは目の前に置かれたコーヒーに口をつけた。
< 70 / 306 >

この作品をシェア

pagetop