Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜
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逸れ者たち

2022年 4月1日 東京都千代田区 午前5時半頃

築三十年ほどの綺麗とは言えないマンションの一室、最低限の家具しか置かれていない部屋の住民である刑事の太宰紫月(だざいしづき)は勢いよくベッドから飛び起きた。普段血色の悪い顔はさらに青白く染まり、冷や汗をびっしょりとかいている。心臓は起きたばかりだというのに早鐘を打っていた。

「最悪だ……」

掠れた声で紫月は呟く。自分の運命は今日から大きく変わる。これまでにも最悪なことは数え切れないほどあった。しかし、今年の二月に起きた出来事は、紫月の人生で最大と言っても過言ではないほど最悪なものだった。あの出来事のせいで、彼の人生の歯車は大きく狂ってしまった。

右手で顔を覆い、ため息を吐く。目を閉じると今でも鮮明にあの瞬間が蘇ってくる。

狭い取調室、怯える容疑者、厳しく追求を続ける紫月、「必ず吐かせろ」と椅子にふんぞり返って言う上司たち、自殺、死後わかったアリバイ、遺族の泣き叫び声と怒り、責任追及、紫月の味方をした部下ーーー。
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