Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜
「新婦の友人として出席したからだ。新婦の宇山咲良(うやまさくら)さんは、翡翠が通う大学の卒業生だ。大学に彼女が顔を出した時に仲良くなって、結婚式に招待されたというわけだ」

「そうか。新郎と面識は?」

紫月の質問にアノニマスは「ない」と即答して首を横に振る。話している間に挙式場の前に到着した。制服警官が見張りに立ち、挙式場の大きな扉の前には規制線が張られている。

「悪いが、お前はここまでだ。披露宴会場に戻っていてくれ」

「わかった。……ただ、新郎の死因は毒物によるものだと思うぞ」

そう言い、アノニマスは背を向けて去って行った。その後ろ姿は華奢で今にも消えてしまいそうに見える。紫月の頭に一瞬綾音が重なったが、今は捜査をしなくてはとすぐに頭を切り替え、挙式場の中へと入った。

大きな窓がついた挙式場は、スポットライトのように日光がバージンロードを照らしている。窓の外には皇居の庭が広がっており、自然の織りなす美しい風景に、紫月はここが人気の結婚式場なのだと改めて感じた。

そんな挙式場の祭壇の前では、多くの捜査員と鑑識が作業をしている。その真ん中にはグレーのタキシードを着た新郎がうつ伏せに倒れていた。
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