【続】ハーフ☆ブラザー 突然出てきた弟に溺愛されてます!
カルテの上を素早くなぞった視線が、ふたたび私に戻った。

「大地くんが今回、当方を訪ねられたのは、記憶の回復を望んでのこと。虐待によって受けた心の傷を、()やすためではなかったはずです。

ところが彼は、皮肉にも記憶の回復により、専門医に頼ることなく克服していたはずの虐待を、無垢(むく)な心の状態で受け止めなくてはならなくなってしまった───。

今日の診療において、大地くんに対し、鎮静剤を()たなければならなかったのは、彼の取り乱し方が、薬物投与を必要とするほどだったからなのです。
……これで、納得していただけましたでしょうか」

私は軽くうなずいた。

前回の診療後、大地が私に語った事柄の数数が、思いだされた。

他人事を話すような突き放した口調や、それでいて、自分のこととして苦痛を感じているような様子を───。

私はずっと気になっていたことを、榊原医師にぶつけた。

「あの……大地が、人が変わったようになったのって……。
ひょっとして、記憶を失ったからじゃなくて……記憶を取り戻したから、なんですか?」

私の疑問を受けて、榊原医師が息をのむのが分かった。
ややして、覚悟を決めたように私に告げた。

「えぇ。大地くんの言動などから察して、彼の人格が変化しているのは、否定できません。
正確には、記憶を失う前の大地くんが、一番目。記憶を失った大地くんが二番目。
記憶を取り戻した現在の大地くんは───さしずめ、『三番目の大地くん』でしょうね」



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