眠れる海の人魚姫〜政略結婚のはずが、御曹司の一途な執着愛に絡め取られました〜
「美波姉様ではなく、私でよろしいのですか……? 今なら間違いと言ってもまだ間に合います」

 美波は嶺人と同い年。年齢としても彼女の方が釣り合いが取れている。
 それに何より、嶺人は美波のことが好きで、美波も嶺人が好きなはずなのだ。
 美雨に対して責任を取ることを――美波に謝罪するくらいには。

「……何か認識の齟齬があるようだ」

 嶺人が大きなため息をついた。美雨はびくりと肩を揺らす。

「俺は望んで美雨を選んだ。美波は関係がない」

 優しいな、と美雨の胸が鈍く軋む。怪我をさせた責任感で美雨を引き取ろうというのに、負い目を感じさせまいとしている。気遣われれば気遣われるほど自分の器の小ささを見せつけられるようで息苦しくなった。

「不安だというなら、今ここで結婚してもいい。もとよりその予定だった」
「えっ?」

 だから急に告げられた言葉に、とっさに理解が追いつかなかった。嶺人が手を上げ、店の端で待機していたスーツ姿の秘書らしき男性に合図をする。男は書類鞄から一枚の書類を取り出し恭しく美雨の前に置いた。

「……婚姻届?」

 ぽかんとしたまま美雨は呟く。嶺人があっさりと頷いた。

「そうだ。俺の名前はもう書いてある。あとは美雨がサインするだけだ」

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