眠れる海の人魚姫〜政略結婚のはずが、御曹司の一途な執着愛に絡め取られました〜
 櫻井がさらりと言う。嶺人はタブレットをデスクに置いて、背後の窓に顔を向けた。眼下には東京の街並みが広がり、花曇りの空からぼんやりと差し入る薄陽が柔らかく嶺人を照らしつける。
 嶺人が美雨に恋したのは、十年前の事故がきっかけ――ではない。

 その一年前、初めて会ったときから、嶺人は彼女が気になっていた。

 二人が初めて会ったのは、嶺人の高校の学園祭のときのこと。
 嶺人は多くの良家の子女が在籍する中高一貫校に通っていて、実は美雨もそこの生徒だった。だが中等部と高等部は授業が異なり、校舎も違うため普段は顔を合わせることもなかった。

 しかし学園祭は別だ。このときばかりは中等部も高等部も入り混じり、クラスや部活動ごとに様々な催しを行う。写真部に所属していた嶺人は企画展示をおこなっていた。各々が撮った写真を部室に展示するだけの簡単な企画だ。他の部員は生徒会だのクラス企画だのに精を出していたが、嶺人は人の来ない写真部の部室でのらりくらりと過ごしていた。

 嶺人にかかる誘いは多かった。生徒会長をやらないかとか、演劇部に入らないかとか、私/俺と付き合わないかとか。
 しかし嶺人はすでに、その言葉の裏にある欲の匂いに気づいていた。

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