眠れる海の人魚姫〜政略結婚のはずが、御曹司の一途な執着愛に絡め取られました〜
 肩書きやら顔やらに群がる周囲の人間にうんざりして、遠ざかっていたかった。岬グループの後継者としていずれ向き合わなくてはならないものだと知っていても、もう少しだけ綺麗なものを見ていたかった。
 つまり少しばかりひねくれていたし、疲れていたのだ。

『……すみません、少し聞いてもいいですか?』

 そんなふうにかけられた細い声を、嶺人はまだ覚えている。
 展示ボードがごちゃごちゃと立ち並ぶ部室の隅、受付用の席に座って文庫本をめくっていた嶺人はすっと顔を上げた。

『この写真を撮ったのって、どなたですか?』

 パネルに拡大された写真の前に、セーラー服の少女が立っていた。整った顔立ちで、背中に流れるまっすぐな黒髪が窓から降り注ぐ日差しを浴びて濡れたように輝いていた。
 少女の細い指が示すのは、闇夜の中を、色鮮やかな熱帯魚がひらりひらりと泳ぐ写真。

『撮影者は俺だが』

 答えてから眉をひそめる。無意識にブレザーの胸元に手をやった。今日は外部の人間も出入りする学園祭だから名札をつけていない。嶺人が誰であるかを少女が知る術はない、はずだ。
 しかし嶺人は自身が目立つことを熟知していた。だから、この少女は部室に一人でいる嶺人を狙って声をかけてきたのではないかと警戒した。そもそも部室棟の端にある写真部の展示になんて訪れるだけで怪しい。

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