眠れる海の人魚姫〜政略結婚のはずが、御曹司の一途な執着愛に絡め取られました〜
 それがどれほど傲慢で我儘な悩みかわかっている。ありがちな鬱屈だということも。叱られるか笑われるかに決まっているから、一度も他人に話したことはない。
 でも、と少女が微笑って続ける。小さな顔がこちらに向けられ、艶やかな髪がさらりと流れた。

『――そうだとしても、綺麗ですよね?』

 わずかに見張られた大きな瞳が、陽光を受けてきらめいている。光のかけらを花束にして少女の頭上から惜しみなく振り撒いたように、薄暗い部室の中で彼女だけが鮮やかだ。
 息が詰まって何も言えないでいる嶺人に、少女は笑いかけた。

『だから、この写真、いいなと思って』

 少女は嶺人の返事など期待していないようだった。興味を失ったように、輝く瞳がそらされる。何の未練もない足取りで部室を後にしようとした。 

『おい、待て』
 とっさに嶺人は椅子を蹴立てて立ち上がっていた。椅子の倒れる音に少女が驚いたように瞬く。
『はい?』
『……名前、何て言うんだ』
『西城美雨です』

 まるで音楽みたいに美しい響きだと思って――、嶺人は思い切り顔をしかめた。

『西城? まさかお前、西城美波の知り合いか?』
『妹です。姉をご存知なんですか?』

 小首を傾げる美雨に、嶺人は片手で目元を覆う。
『クラスメイトだ』
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