眠れる海の人魚姫〜政略結婚のはずが、御曹司の一途な執着愛に絡め取られました〜
 振り向けば、エレベーターホールからこちらへ歩み寄ってくる人影がある。いつもよりも少しカジュアルなジャケットをまとった嶺人だった。すらりとしているが実はよく鍛えられている彼の体の輪郭に寄り添っていて、とても似合っている。美雨の心臓がコトンと音を立てた。受付嬢がうっとりとため息をつく。

「待たせたか?」
「あ、い、いえ。今来たところです」
「なら良かった」

 親しげに言葉を交わす二人を、受付嬢は興味津々に注視していた。嶺人はそちらに顔を向けると唇の前で人差し指を立ててみせる。

「俺の妻を案内してくれてありがとう。だが、この結婚はまだ内々のものでね。黙っていてくれるか」
「も、もちろんですっ」

 はしゃいだ声をあげる受付嬢の横で、美雨はぷるぷる震えた。

(お、『俺の妻』……)

 きっと他意はないわ、と己に言い聞かせる。事実を述べているだけだ。実際、美雨は嶺人と結婚しているわけだしそういうことだろう。でも本当に?
 自問自答していると、嶺人がさりげなく美雨の左手を取ってエスコートしてくれる。導かれた先は地下駐車場で、ポルシェのクーペが停まっていた。光沢のある銀色のボディが照明を受けてひんやり輝いている。

「これは……?」
「俺の車だ。今日は美雨を連れて行きたいところがある」
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