眠れる海の人魚姫〜政略結婚のはずが、御曹司の一途な執着愛に絡め取られました〜
 舌が入ってきて、容赦なく美雨の口内を蹂躙する。初めて味わう感覚に美雨の肩がぴくぴく跳ねた。甘いはずないのに、どうしてか蜜を注がれているような気分になる。美雨の脳髄を痺れさせ、思考力を奪っていく毒だ。こんなことを受け入れてはいけない、と頭の隅で叫ぶ声があるのに、体から力が抜けてちっとも抵抗する気になれなかった。

「う、んぅ……」

 息苦しくなって、嶺人の腕を叩く。それでも嶺人はしばらく口付けを続けていたが、美雨が本当に苦しげなのを見て取ると、渋々といった調子で唇を離した。だがその手は美雨の肩に置かれたままでいる。
 けほけほ咳き込み涙目で見上げれば「クソッ」と嶺人が悪態をついた。ぐしゃりと前髪をかきあげ、上目遣いの美雨に釣りこまれるように再びキスしようとして――こつんと額を合わせる。

「……家まで待てない。無理だ」

 地を這うような声音に、美雨はおずおずと頷く。

「は、はい」
「だが、車内はさすがに……色々と支障がある」
「そうですね……?」

 殺されるのかもしれないわ、とうっすら思う。それだと確かに車内では差し障りがある。後始末とかが大変そうだ。血が飛び散るし。
 嶺人は思案げに顎に手をやっていたが、やがて深く嘆息すると運転席に座った。ガコン、と音を立ててロックがかかる。行きはなかったことだ。
 おろおろする美雨を横目に睨み、嶺人が短く言った。

「絶対に逃げるなよ」
「わ、わかりました」

 嶺人がシフトレバーを操ると同時、クーペはエンジン音を噴き上げて駐車場を飛び出す。
 シートベルトを付けながら、美雨は静かに決意を固めていた。

(ちゃんと向き合いたい。ここまで怒らせてしまったのは私のせいだもの……)
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