眠れる海の人魚姫〜政略結婚のはずが、御曹司の一途な執着愛に絡め取られました〜
「どうして、そんなに悲しそうな顔をしていらっしゃるんですか」
「誰がさせていると思っているんだ。俺をこんな風に狂わせるのは美雨くらいだぞ」

 嶺人はぼやき、ふーっとため息をついた。長い指が美雨の目元に触れ、ついで頬から顎の輪郭を辿る。その爪がかすめる感触だけで身震いが走った。

「言っただろ、俺は美雨を愛している。それを……言うに事欠いて、美波と結婚しろだと」

 話すうちに声に怒りが滲み始めて、美雨は焦る。前言撤回。やっぱりものすごく怒っている。
 思わず「ええっと」と口ごもる。けれど彼と向き合わなくてはと覚悟を決め、ずっと胸底にこびりついていた疑問を差し出した。

「……嶺人さんは本当に私が好きなのですか。傷を負わせたから、責任感でそう思っているだけなのではないですか?」
「そんなわけがあるか。全く」

 呆れたように答えて、のろのろと嶺人が美雨の上から退いた。隣にどさりと長躯を投げ出す。

「俺はあの事故の前から……初めて会ったときから美雨が好きなんだよ」
 ベッドに寝そべったまま互いの視線が絡んだ。振り絞るような嶺人の声に、美雨は胸を衝かれる。
「初めて、会ったとき……」

 記憶を探るが覚えがない。たぶん何かのパーティーで会ったのだと思うがどうだったろうか。
 不可解そうな美雨の表情に、嶺人が「忘れているのは知っている」と悲しげに笑った。
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