眠れる海の人魚姫〜政略結婚のはずが、御曹司の一途な執着愛に絡め取られました〜
 美雨はまだ覚えている。見舞いに訪れた美波の慟哭と彼女を慰める嶺人の声を。

『どうしてこんなことに……っ、どうして、どうしてよっ!』と泣き崩れる美波の隣に跪いて、嶺人は誓うように言ったのだ。

『美雨に謝罪して済む話じゃないのはわかっている。何年かかっても必ず責任を取る。それだけが俺に差し出せる誠意だ。だが……美波、お前には申し訳ないことになる。――すまないな』

 美波の返事はなかった。ただ悲しげなすすり泣きだけが病室にこだましていた。美雨の横たわるベッドの周囲にはカーテンが引かれていたから、二人はまさか美雨がばっちり起きて聞き耳を立てているとは思わなかったのだろう。
 すなわち嶺人の命と引き換えに美雨が失ったのは、自由に動く足――などではない。
 美雨が本当に失くしてしまったのは、嶺人への恋だった。

(……責任を、感じていらっしゃるのだわ)

 追憶から覚めた美雨は、一つ瞬きをしてふうと息を吐いた。
 美雨の足に関して西城家と岬家の間で何らかの話し合いがあったらしいことは聞き及んでいる。だが詳細は語られず、美雨も興味がなかったので放置したままだった。美雨にとっては嶺人が無事ならそれでいい。
 本当に、それだけなのだ。
(でもきっと、嶺人さんはそうは思わないもの。私の足を奪った責任を取らなくてはいけないと考えたはず。だからこの婚約が組まれたのね)

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