天河と七星
天河が涙に濡れる私の目じりに口づけをする。それから、頬に。そして。

九年ぶりに重なった唇はわずかに震えていた。

天河の首に腕を回しそうになる。
ずっとひとりで抱えていた想いが、燃えることもできずにくすぶっていた想いが、あふれだそうとする。

だけど。

今さら私が天河のそばにいられるわけがない。
天河は世界的にも注目された研究者で、社運をかけたビッグプロジェクトの旗振り役。

対して私は『中條』に囚われたまま、仕事のスキルも機械に奪われた。

立場も能力も何もかも違いすぎる。

そんな私が天河のそばにいても、何一つ彼のためにならない。


私は天河の首に回しそうになっていた手で彼の肩をそっと押し返し、顔をそむけた。

彼のぬくもりが離れていく。

「七星は立派だった。もう充分だよ。肩の荷をおろしていい頃合いだ。
明日の決起会は一緒に参加してくれ。僕の車椅子の介助を頼みたい。それにキミに会わせたい人もいる」

「わかりました。
泣いたりしてすみません。お疲れ様でした、九条部長。失礼します」

彼の顔を見れず、返事もそこそこに、この場を逃げた。

体も、唇も、彼のぬくもりを忘れていなかった。

バカね、七星。
もう、天河は同情と勢いで結婚してくれた世間知らずのティーンエイジャーじゃない。

あの頃とは、違う。

あぁ、いっそあなたを忘れられたら。

そうしたら、わたしはきっともっと楽に生きられたのに。

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