天河と七星
車椅子の彼の名は九条天河(くじょうてんが)。
私が人生でたった一度、本気で好きになった人だった。

彼らに私の存在が気づかれる前にこの場から立ち去りたい。
そう思いながらも彼の姿に目が離せない。昔とかわらないきらめくような微笑みに、忘れたはずの「ときめき」ってやつが打ち破りそうなほど心臓を高鳴らせる。

もう少しあの天河の姿をこの目に焼き付けたい。

そんなふうに欲張ってしまった。


「天河!!!来てくれたんだ!ありがとう!!」

新郎の丹下さんが、今にも泣き出しそうな顔で天河に声をかける。

「当たり前だろう?孝弘(たかひろ)の一世一代の晴れ姿を見なくちゃ」
「具合悪いのにごめんな」
「僕は元気だよ。大河がせっかちなんだ。僕がゆっくりしか歩けないからって車椅子に乗せられちゃっただけ。体調はすこぶるいいよ。
それにしても、意外にそういう格好も似合うじゃないか。孝弘は七五三みたいだって大河が言うから心配してたけど」

天河の声は、男性にしてはやや高いよく通るテナーボイス。

あの声もあの笑顔も大好きだった。ううん、過去形じゃない。今でも大好きだ。
情けないほどに自分の恋心を思い知る。
けれども、もう終わったこと。
天河はもう二度と私を愛さないだろう。当たり前だ。私が彼を選べなかったのだから。

だからもう、これでいい。
これで、充分だ。
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