天河と七星
私はそっと会場を出ようとした。
だが、動揺していたのと履き慣れていないパンプスでバランスをくずし、よろけて、その場で転んでしまった。

「七星!?」
「大丈夫ですか!?中條さん」

新郎新婦の声がする。転んだところが見えたらしい。

今、名前を呼ばないでほしかった。
天河に見つかってしまう。

私は慌てて立ち上がり、笑ってごまかす。

「大丈夫です。失礼しました」

まずい。

天河の視線が私をとらえている。


ここに私がいるなんて思ってもいなかっただろう。
キラキラと嬉しそうに輝いていた彼の瞳が一転してみるみる冷たい光を帯びていく。


「七星?」


彼の唇が、私の名前を紡ぐ。

どうして名前を呼ぶの。

まるで声に出すのでさえ嫌悪していると言わんばかりの、冷たい音で。



「天河、中條さんを知ってるの?」

驚いている丹下さんに、天河は口元をニヒルに歪ませて、吐き捨てるように言った。


「知ってるも何も。
彼女は九条七星。戸籍上は僕の妻だ」

その名前で呼ばれたことは一度もなかった。
マナも知らない、刹那の過去だ。
だから。
そんな紹介の仕方は間違ってる。
そう抗議したかったけど。

天河の冷たい視線に耐えられるだけの精神力は、今の私にはなかった。

私はただ逃げるようにこの場を走り去るしか出来なかった。
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