【コミカライズ化】追放された歌姫は不器用な旦那様に最愛を捧ぐ
27.その歌姫は、信じる未来を選ぶ。
「そう、それ。偽造通貨探すって、そんな情報どこからも出てないだろうが。偽造通貨の流通を危惧してっていうなら、まぁぜーったい偽造の可能性はないけど、100万歩譲ってウチの領地通貨の分析ならまだ分かるぞ? ではなく、だ。なんでわざわざ国の最高機関が作った王国通貨をリスク背負ってまで分析せにゃならんのだ」
我が意を得たりとばかりにノクスはそう訴える。
アルヴィン辺境伯領では、特区条例に基づき王国通貨と同価値を持つ領内で使える領地通貨を採用していた。
元々半々程度で流通していた併用型で運用していたのを、ルヴァルが半年前に領地内での貨幣は全て領地通貨に統一してしまったため、現在アルヴィン辺境伯領では貨幣を管理している領直営の中央ギルドにしか王国通貨は存在しない。
だと言うのにルヴァルは『王国通貨』を調べろという。今まで国で偽造通貨が出回った事はないし、そんな話も聞かない。何の根拠もないのに反逆罪のリスクを背負ってまで領地に流通していないモノをわざわざそれも全数なんて途方もない労力をかけて魔法で成分分析するなんて冗談じゃないとノクスは全力で拒否する。
「……今まで、なかったからと言って、これから先も"大丈夫"なんて保証、どこにもねぇだろうが」
そう、そんな保証はどこにもないのだ。
過去の自分は明日も変わらない日常が続くと信じていた。
国防の要である要塞都市バーレーが堕とされる日が来るなんて、自分も含め誰も想像していなかったのだ。
だが、今のルヴァルは知っている。このまま何もしなければ、気づかないうちに反逆の芽が育ち手遅れになるということを。
「偽造通貨が出回ったら、それは貨幣価値を暴落させ国の信頼が揺らぐ事に繋がる。そんなモノをウチに持ち込ませるわけにはいかないんだ、絶対に」
いつ、それが持ち込まれたのか? それはルヴァルには分からない。
ルヴァルが知っているのは数ヶ月先に王国通貨の偽物が発見され、そしてその数年後この領地は"偽造通貨製造"の冤罪を着せられるのだ。
偽物には特区条例に基づき領地通貨を流通させていたアルヴィン辺境伯領の通貨製造技術が使われていた、と。
黙ってルヴァル達のやり取りを見ていたエレナは、遠い記憶を探るかのように目を閉じる。
「偽造……通貨」
エレナは小さな声でその言葉を口にする。その響きに胸がとても苦しくなる。それは、ここに来てから見たいくつもの"怖い夢"の中に出て来た話の一つ。
「なぁ、ノクス。保護魔法のかかってるモノをそれを上回る精度で魔法分析かけられる奴なんて、錬金術師の中でもお前くらいだろ」
頼むとルヴァルは頭を下げる。そのルヴァルの真剣な声音にエレナは、さらに胸が締め付けられるような苦しさを感じきゅっと胸に手をやる。
王国通貨に魔法をかけるなんて、まともな人間なら絶対やらない選択だ。だが確固たる意志の下、そのとんでもない事をしないといけない理由があるのだとルヴァルの声音からエレナは読み取る。
ここに来てから時々感じていた、ルヴァルへの共鳴。それは静かな水面に落ちた小石が波紋を描くようにエレナの心に広がって感情を揺さぶる。
「正確な判定が必要なんだ。真面目な話、迷惑はかけん。全部の責任は俺がとる」
「……やめろよ、んな事知ってんだよ。何かあればアンタが全部責任取るんだって事も、俺ら錬金術師を絶対見捨てたりしないんだって事も」
エレナの後ろにいたノクスはぽつりとそう言うと前に出て、
「だから、やりたくないって言ってんだ。詐欺師扱いされて白い目で見られていた俺らに居場所をくれたお館様に犯罪まがいの疑いがかかりそうな事、俺にはできない」
はっきりと真剣な声音でノクスは断ると、
「頭が簡単に頭下げてんじゃねぇよ! らしくない」
そう訴えた。
「まぁ、別に下げて減るもんじゃないんだが」
「減る! 威厳とか、尊大さとか、俺の寿命とか諸々減るわ!!」
顔を上げたルヴァルの青灰の瞳を真っ直ぐに睨んだノクスは、
「ガチでリーファが怖いんだよ! さっきから俺の頭にずーっとリーファの銃口向けられてんだよ!!」
そう言って後ろを振り返らず親指を向ける。ノクスの指の先にはうちのお館様に頭を下げさせるなんて何様のつもりかと言わんばかりのリーファが立っていた。表情は笑顔だが、目が全く笑っておらず殺意を隠す様子もない。
「近距離戦で戦乙女に勝てる気ミリもしねぇ!!!!」
早くコレなんとかしてくれとノクスはバンっと机を叩いて切にそう声を上げる。
その瞬間、机を叩いた衝撃で袋が落ち、コインが硬質な音を立てて床に散らばった。
「あーもう、ノクス何やってるのよ!」
殺気と銃をしまったリーファが呆れた声でその惨状を見て、もうっとコインに視線を落とす。
「悪い、ワザとじゃねぇんだけど」
やっちまったという顔でノクスは床に散らばったコインを眺める。
「まぁ落ちた物は拾えば……ってどうした、レナ」
そんな中、耳を手で押さえ立ち尽くすエレナの姿に目を止めたルヴァルは彼女に声をかける。
ルヴァルの声に反応し、閉じられていた紫水晶の瞳はゆっくり見開かれルヴァルを写す。
その目は今にも泣き出しそうで、怯えた色をしていた。
「……王歴260年、藍月……の、下旬」
ぽつりとエレナが溢した言葉を拾い、ルヴァルは首を傾げる。
今はマシール王歴260年、水月だと思いつつエレナのつぶやいた月の出来事を思い浮かべる。そしてすぐ今から3月後のその辺りで最初の"偽造通貨"が見つかった頃だと思い出す。
ただしそれが国民に発表されたのはずっと後の事で、そうでなくともこの時点でのエレナがその情報を知っているはずがないのだが。
「レナ?」
ルヴァルの問いかけに答えず、考え込んだ様子で独り言の様に"偽造通貨"と再度つぶやいたエレナは自分の足元に転がってきたコインを1枚拾う。
「ひーさんありがとう、とりあえずコイン」
集めようと受け取ろうとしたノクスの手にエレナはコインを置かず、ゆっくりと床にそのコインを落とす。
落ちたコインは床とぶつかりカツーンと硬質な音を立てる。
床の上で跳ね、転がるコインの音を聞きながら、エレナは"どうして"と思う。
どうして私はこの音を知っているのだろう、と。
音を通して、過去と今がエレナの中で重なる。
今より少し先の未来の時系列で起きた、苦しくて怖い"過去"の出来事。
繰り返し"夢"として見るその"怖い出来事"は、かつて自分が本当に経験した時間なのかもしれない。
記憶とピタリと重なった音を前にそんな突拍子もない事あるわけがないと否定できないエレナは震える指でコインを摘む。
耳には自信がある。一度聞いた音は絶対に忘れない。そして、自分は間違いなくこの音を聞いているのだ。
エレナは目を閉じてゆっくり大きく深呼吸をする。
『その能力、私が有効に使ってあげる』
夢の中で聞いたマリナの声を振り払い、目を開けたエレナは紫水晶の瞳にルヴァルを写す。
今、自分の目の前にいるのは、自分から何かを奪っていく血の繋がった家族ではなく、悪夢みたいな生活から救い出して、たくさんの優しさをくれたルヴァルだ。だから、きっとあの時と同じ結果にはならない。
(私は、ルルを信じる)
ルヴァルがいるなら、これから起きる未来だって怖くない。
落ち着きを取り戻した紫水晶の瞳を瞬かせたエレナは、ゆっくりルヴァルに近づき、ルヴァルの手を取るとその上にコインを置く。
「偽……物」
エレナの言葉に驚き、目を見開くルヴァルにエレナは笑う。
「信じて、くれる?」
私、耳には自信があるのと静かに言ったエレナはもう怯えてなどいなかった。
我が意を得たりとばかりにノクスはそう訴える。
アルヴィン辺境伯領では、特区条例に基づき王国通貨と同価値を持つ領内で使える領地通貨を採用していた。
元々半々程度で流通していた併用型で運用していたのを、ルヴァルが半年前に領地内での貨幣は全て領地通貨に統一してしまったため、現在アルヴィン辺境伯領では貨幣を管理している領直営の中央ギルドにしか王国通貨は存在しない。
だと言うのにルヴァルは『王国通貨』を調べろという。今まで国で偽造通貨が出回った事はないし、そんな話も聞かない。何の根拠もないのに反逆罪のリスクを背負ってまで領地に流通していないモノをわざわざそれも全数なんて途方もない労力をかけて魔法で成分分析するなんて冗談じゃないとノクスは全力で拒否する。
「……今まで、なかったからと言って、これから先も"大丈夫"なんて保証、どこにもねぇだろうが」
そう、そんな保証はどこにもないのだ。
過去の自分は明日も変わらない日常が続くと信じていた。
国防の要である要塞都市バーレーが堕とされる日が来るなんて、自分も含め誰も想像していなかったのだ。
だが、今のルヴァルは知っている。このまま何もしなければ、気づかないうちに反逆の芽が育ち手遅れになるということを。
「偽造通貨が出回ったら、それは貨幣価値を暴落させ国の信頼が揺らぐ事に繋がる。そんなモノをウチに持ち込ませるわけにはいかないんだ、絶対に」
いつ、それが持ち込まれたのか? それはルヴァルには分からない。
ルヴァルが知っているのは数ヶ月先に王国通貨の偽物が発見され、そしてその数年後この領地は"偽造通貨製造"の冤罪を着せられるのだ。
偽物には特区条例に基づき領地通貨を流通させていたアルヴィン辺境伯領の通貨製造技術が使われていた、と。
黙ってルヴァル達のやり取りを見ていたエレナは、遠い記憶を探るかのように目を閉じる。
「偽造……通貨」
エレナは小さな声でその言葉を口にする。その響きに胸がとても苦しくなる。それは、ここに来てから見たいくつもの"怖い夢"の中に出て来た話の一つ。
「なぁ、ノクス。保護魔法のかかってるモノをそれを上回る精度で魔法分析かけられる奴なんて、錬金術師の中でもお前くらいだろ」
頼むとルヴァルは頭を下げる。そのルヴァルの真剣な声音にエレナは、さらに胸が締め付けられるような苦しさを感じきゅっと胸に手をやる。
王国通貨に魔法をかけるなんて、まともな人間なら絶対やらない選択だ。だが確固たる意志の下、そのとんでもない事をしないといけない理由があるのだとルヴァルの声音からエレナは読み取る。
ここに来てから時々感じていた、ルヴァルへの共鳴。それは静かな水面に落ちた小石が波紋を描くようにエレナの心に広がって感情を揺さぶる。
「正確な判定が必要なんだ。真面目な話、迷惑はかけん。全部の責任は俺がとる」
「……やめろよ、んな事知ってんだよ。何かあればアンタが全部責任取るんだって事も、俺ら錬金術師を絶対見捨てたりしないんだって事も」
エレナの後ろにいたノクスはぽつりとそう言うと前に出て、
「だから、やりたくないって言ってんだ。詐欺師扱いされて白い目で見られていた俺らに居場所をくれたお館様に犯罪まがいの疑いがかかりそうな事、俺にはできない」
はっきりと真剣な声音でノクスは断ると、
「頭が簡単に頭下げてんじゃねぇよ! らしくない」
そう訴えた。
「まぁ、別に下げて減るもんじゃないんだが」
「減る! 威厳とか、尊大さとか、俺の寿命とか諸々減るわ!!」
顔を上げたルヴァルの青灰の瞳を真っ直ぐに睨んだノクスは、
「ガチでリーファが怖いんだよ! さっきから俺の頭にずーっとリーファの銃口向けられてんだよ!!」
そう言って後ろを振り返らず親指を向ける。ノクスの指の先にはうちのお館様に頭を下げさせるなんて何様のつもりかと言わんばかりのリーファが立っていた。表情は笑顔だが、目が全く笑っておらず殺意を隠す様子もない。
「近距離戦で戦乙女に勝てる気ミリもしねぇ!!!!」
早くコレなんとかしてくれとノクスはバンっと机を叩いて切にそう声を上げる。
その瞬間、机を叩いた衝撃で袋が落ち、コインが硬質な音を立てて床に散らばった。
「あーもう、ノクス何やってるのよ!」
殺気と銃をしまったリーファが呆れた声でその惨状を見て、もうっとコインに視線を落とす。
「悪い、ワザとじゃねぇんだけど」
やっちまったという顔でノクスは床に散らばったコインを眺める。
「まぁ落ちた物は拾えば……ってどうした、レナ」
そんな中、耳を手で押さえ立ち尽くすエレナの姿に目を止めたルヴァルは彼女に声をかける。
ルヴァルの声に反応し、閉じられていた紫水晶の瞳はゆっくり見開かれルヴァルを写す。
その目は今にも泣き出しそうで、怯えた色をしていた。
「……王歴260年、藍月……の、下旬」
ぽつりとエレナが溢した言葉を拾い、ルヴァルは首を傾げる。
今はマシール王歴260年、水月だと思いつつエレナのつぶやいた月の出来事を思い浮かべる。そしてすぐ今から3月後のその辺りで最初の"偽造通貨"が見つかった頃だと思い出す。
ただしそれが国民に発表されたのはずっと後の事で、そうでなくともこの時点でのエレナがその情報を知っているはずがないのだが。
「レナ?」
ルヴァルの問いかけに答えず、考え込んだ様子で独り言の様に"偽造通貨"と再度つぶやいたエレナは自分の足元に転がってきたコインを1枚拾う。
「ひーさんありがとう、とりあえずコイン」
集めようと受け取ろうとしたノクスの手にエレナはコインを置かず、ゆっくりと床にそのコインを落とす。
落ちたコインは床とぶつかりカツーンと硬質な音を立てる。
床の上で跳ね、転がるコインの音を聞きながら、エレナは"どうして"と思う。
どうして私はこの音を知っているのだろう、と。
音を通して、過去と今がエレナの中で重なる。
今より少し先の未来の時系列で起きた、苦しくて怖い"過去"の出来事。
繰り返し"夢"として見るその"怖い出来事"は、かつて自分が本当に経験した時間なのかもしれない。
記憶とピタリと重なった音を前にそんな突拍子もない事あるわけがないと否定できないエレナは震える指でコインを摘む。
耳には自信がある。一度聞いた音は絶対に忘れない。そして、自分は間違いなくこの音を聞いているのだ。
エレナは目を閉じてゆっくり大きく深呼吸をする。
『その能力、私が有効に使ってあげる』
夢の中で聞いたマリナの声を振り払い、目を開けたエレナは紫水晶の瞳にルヴァルを写す。
今、自分の目の前にいるのは、自分から何かを奪っていく血の繋がった家族ではなく、悪夢みたいな生活から救い出して、たくさんの優しさをくれたルヴァルだ。だから、きっとあの時と同じ結果にはならない。
(私は、ルルを信じる)
ルヴァルがいるなら、これから起きる未来だって怖くない。
落ち着きを取り戻した紫水晶の瞳を瞬かせたエレナは、ゆっくりルヴァルに近づき、ルヴァルの手を取るとその上にコインを置く。
「偽……物」
エレナの言葉に驚き、目を見開くルヴァルにエレナは笑う。
「信じて、くれる?」
私、耳には自信があるのと静かに言ったエレナはもう怯えてなどいなかった。