【コミカライズ化】追放された歌姫は不器用な旦那様に最愛を捧ぐ
32.その歌姫は、拾われる。
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幼子が捨てられる、ということはその国ではさして珍しい事ではなかった。
口減しのために、或いは何が欠けているが故に、もしくは見目の問題で。
貧しい排他的な村で生まれたその幼子は、生まれつき盲目であった。
更にはその国で忌み嫌われている不幸と混沌をもたらしたと言われる魔女と同じ黒髪で、一層疎まれた。
誰からも愛される事のなかったその幼子は、満月の夜に捨てられた。
その排除は小集団の中で起こるある種の自然淘汰であった。
国境沿いの魔物が多く出没するその森に捨てられたその幼子は、自分を害するヒトから離れられた事にホッとしながら音を頼りに歩き出す。
目が見えない代わりなのか、聴力が人並み外れて発達していた幼子は"音"を頼りに生きてきた。
それ故に幼子は自分の置かれている状況をよく理解していたので、悲観などしてはいなかった。
世界は音で溢れている。
危険な事は音を聞いていれば避けられたので、特に怖くはない。
優しい音がする方向へ歩いていった幼子がたどり着いたのは、ヒトが踏み入れる事のできない神獣の住まう領域、だった。
目が見えないが故に目眩しが効かず、幼子であるが故にその領域の区別がつかず、無知であるが故に理が分からない。
だが、それは全てこの幼子が悪いわけではなかった。
沢山の視線に止まって、不思議な気配に首を傾げる幼子の前にふわりと降り立ったのは、金色の羽を持つ鳥の形をした1羽の神獣。
『これも何かの"縁"だろう』
そうして神獣に慈悲をかけられた幼子は、その日から彼女の"子"になった。
カリア、と名付けられ神獣に育てられたその子は『母』に様々な事を教わった。
例えば、自身の中にあった魔法の使い方。
或いは世界の理について。
ヒトから見れば永遠とも呼べる時間を生きる神獣が持つ知識。
それらは全て、大層貴重なモノであった。
その中でカリアが一番興味を惹かれたのは音の紡ぎ方、だった。
ヒトの成長は早く、幼子から妙齢の女性なる頃には、神獣達が聴き惚れその歌を願うほどの『歌姫』になった。
音を奏で、歌を紡ぐ。それを聞いてくれる相手がいるだけで、カリアは幸せだった。
請われれば、それが誰であっても歌を歌った。
魔力の使い方を知ったカリアの紡ぐ歌は、ただの歌ではない。
神獣の加護を受け、その力の使い方を知ったカリアは、歌で"緩んだ綻び"を正すことができた。
神獣達は膨大な力を持つが故に、神力を使った代償として身体の中に流れる"魔力が澱む"ことがある。
それは神獣にとっては命に関わる自分では治せない不治の病だった。
カリアはその耳で身体の中の不協和音を聞き取り、規則正しいリズムで滞りなく魔力が身体を巡るよう、音で魔力の綻びを調整する。
それはさながらチューニングのようであった。
カリアは"歌"の対価にいくつかの加護や奇跡を受け取った。
その一つが"視力"だった。
『お母様はこんなに美しい色をしていたのですね』
カリアは金色に輝く羽を見て感動の声を上げる。
自分に慈悲をくれ、愛し、育ててくれた、神々しい"お母様"。
心から慕う大好きな神獣の羽に顔を埋めてカリアは笑う。
これから先も傷ついた神獣達のために歌を紡ぐとカリアは誓った。
世界が色づいて見えるようになったカリアは、時折神獣の居住区の外に出るようになっていた。
別にヒトとしての生活に未練があったわけではない。
カリアを動かすのは単純な好奇心。
視力を得た事で行動範囲が広がったカリアは、その瞳に今まで知らなかった光景を映す事に夢中になった。
綺麗な景色を見ては感動し、魔獣同士の争いを見ては驚いた。
そうした日常の中でカリアは気づく。
"魔力"と"魔力"がぶつかり合うような激しい争いがあり、異なる魔力同士が混ざり合い、その地の気の流れが澱み綻ぶと魔物が生まれる、という事に。
それは神獣の魔力が乱れる病に似ていた。
カリアはそんな光景を見ながら、静かに歌を口ずさむ。
音を聞き"綻び"を直せば、その土地では植物が良く育ったし、傷ついた魔獣も神獣同様癒す事ができた。
神獣の加護を受けているカリアには魔獣は大人しく従ったし、魔物に遭遇しても魔物が生まれる根源の綻びを正せば魔物は消えた。
様々な変化を目の当たりにしたカリアは、自分の力を試してみたくなる。
歌う事で自分はどこまで変化をもたらすことができるのだろう?
『知らない事を知りたいと思う』欲求。
それはヒトとしての性であった。
そんな風に"世界"を広げ、手を伸ばし始めたカリアに"母"たる神獣は心配そうに告げる。
『カリア。ヒトには近づいてはいけない。アレは欲深い生き物だから』
"母"の言葉にカリアは素直に頷く。
今まで自分を守ってくれた"母"の言う事はカリアにとって絶対で。
そうでなくともヒトに迫害され捨てられた記憶はカリアの中に確かに残っていたので、わざわざヒトに近づきたいと思う事もなかった。
はず、だった。
一人の魔術師に出会うまでは。
幼子が捨てられる、ということはその国ではさして珍しい事ではなかった。
口減しのために、或いは何が欠けているが故に、もしくは見目の問題で。
貧しい排他的な村で生まれたその幼子は、生まれつき盲目であった。
更にはその国で忌み嫌われている不幸と混沌をもたらしたと言われる魔女と同じ黒髪で、一層疎まれた。
誰からも愛される事のなかったその幼子は、満月の夜に捨てられた。
その排除は小集団の中で起こるある種の自然淘汰であった。
国境沿いの魔物が多く出没するその森に捨てられたその幼子は、自分を害するヒトから離れられた事にホッとしながら音を頼りに歩き出す。
目が見えない代わりなのか、聴力が人並み外れて発達していた幼子は"音"を頼りに生きてきた。
それ故に幼子は自分の置かれている状況をよく理解していたので、悲観などしてはいなかった。
世界は音で溢れている。
危険な事は音を聞いていれば避けられたので、特に怖くはない。
優しい音がする方向へ歩いていった幼子がたどり着いたのは、ヒトが踏み入れる事のできない神獣の住まう領域、だった。
目が見えないが故に目眩しが効かず、幼子であるが故にその領域の区別がつかず、無知であるが故に理が分からない。
だが、それは全てこの幼子が悪いわけではなかった。
沢山の視線に止まって、不思議な気配に首を傾げる幼子の前にふわりと降り立ったのは、金色の羽を持つ鳥の形をした1羽の神獣。
『これも何かの"縁"だろう』
そうして神獣に慈悲をかけられた幼子は、その日から彼女の"子"になった。
カリア、と名付けられ神獣に育てられたその子は『母』に様々な事を教わった。
例えば、自身の中にあった魔法の使い方。
或いは世界の理について。
ヒトから見れば永遠とも呼べる時間を生きる神獣が持つ知識。
それらは全て、大層貴重なモノであった。
その中でカリアが一番興味を惹かれたのは音の紡ぎ方、だった。
ヒトの成長は早く、幼子から妙齢の女性なる頃には、神獣達が聴き惚れその歌を願うほどの『歌姫』になった。
音を奏で、歌を紡ぐ。それを聞いてくれる相手がいるだけで、カリアは幸せだった。
請われれば、それが誰であっても歌を歌った。
魔力の使い方を知ったカリアの紡ぐ歌は、ただの歌ではない。
神獣の加護を受け、その力の使い方を知ったカリアは、歌で"緩んだ綻び"を正すことができた。
神獣達は膨大な力を持つが故に、神力を使った代償として身体の中に流れる"魔力が澱む"ことがある。
それは神獣にとっては命に関わる自分では治せない不治の病だった。
カリアはその耳で身体の中の不協和音を聞き取り、規則正しいリズムで滞りなく魔力が身体を巡るよう、音で魔力の綻びを調整する。
それはさながらチューニングのようであった。
カリアは"歌"の対価にいくつかの加護や奇跡を受け取った。
その一つが"視力"だった。
『お母様はこんなに美しい色をしていたのですね』
カリアは金色に輝く羽を見て感動の声を上げる。
自分に慈悲をくれ、愛し、育ててくれた、神々しい"お母様"。
心から慕う大好きな神獣の羽に顔を埋めてカリアは笑う。
これから先も傷ついた神獣達のために歌を紡ぐとカリアは誓った。
世界が色づいて見えるようになったカリアは、時折神獣の居住区の外に出るようになっていた。
別にヒトとしての生活に未練があったわけではない。
カリアを動かすのは単純な好奇心。
視力を得た事で行動範囲が広がったカリアは、その瞳に今まで知らなかった光景を映す事に夢中になった。
綺麗な景色を見ては感動し、魔獣同士の争いを見ては驚いた。
そうした日常の中でカリアは気づく。
"魔力"と"魔力"がぶつかり合うような激しい争いがあり、異なる魔力同士が混ざり合い、その地の気の流れが澱み綻ぶと魔物が生まれる、という事に。
それは神獣の魔力が乱れる病に似ていた。
カリアはそんな光景を見ながら、静かに歌を口ずさむ。
音を聞き"綻び"を直せば、その土地では植物が良く育ったし、傷ついた魔獣も神獣同様癒す事ができた。
神獣の加護を受けているカリアには魔獣は大人しく従ったし、魔物に遭遇しても魔物が生まれる根源の綻びを正せば魔物は消えた。
様々な変化を目の当たりにしたカリアは、自分の力を試してみたくなる。
歌う事で自分はどこまで変化をもたらすことができるのだろう?
『知らない事を知りたいと思う』欲求。
それはヒトとしての性であった。
そんな風に"世界"を広げ、手を伸ばし始めたカリアに"母"たる神獣は心配そうに告げる。
『カリア。ヒトには近づいてはいけない。アレは欲深い生き物だから』
"母"の言葉にカリアは素直に頷く。
今まで自分を守ってくれた"母"の言う事はカリアにとって絶対で。
そうでなくともヒトに迫害され捨てられた記憶はカリアの中に確かに残っていたので、わざわざヒトに近づきたいと思う事もなかった。
はず、だった。
一人の魔術師に出会うまでは。