【コミカライズ化】追放された歌姫は不器用な旦那様に最愛を捧ぐ
44.その歌姫は、焦がれられる。
突然の出来事に驚き、あまりの痛みにその場にうずくまり悶絶するエレナは、
「〜〜〜----」
痛いとすら言えず、両手で額を抑えて涙目でルヴァルを見上げる。
そんなエレナを見て膝を折り、視線を合わせたルヴァルは、
「気に入らん」
と端的に突然の暴挙の理由を述べた。
「えっ! ハイ? 意味がわからないんだけど!? あと、ルルいつもよりもすごく痛いよ!?」
ううっと額をさすって抗議をするエレナに、
「安心しろ。目一杯加減している」
本気でやれば骨を砕くくらいわけもないとルヴァルは淡々とした口調で返す。
多分それは冗談ではないのだろうが、加減されても痛いものは痛い。
「気に入らん……って、何が?」
せめてこの痛みの理由をキチンと説明してもらわないと納得いかないと紫水晶の瞳が訴える。
それをしっかり受け取って、
「俺は完全にレナ側の人間で、元婚約者の言い分は知らないし、2人の過去に関して俺は部外者だ。だからコレは遠くからヤジを飛ばす無責任な発言と一緒で、偏見塗れの俺の独善的な考えだ」
とルヴァルは前置きをする。
ルヴァルの長台詞に驚きながら目を瞬かせるエレナに、
「当事者同士にしか理解できないものもあるだろう。だが、それを全て無視した上で言うけどな、レナがそんな碌でもない人間に心を向けているのが俺は気に入らない」
と言い切る。
「碌でもない?」
囁くように溢れた言葉に頷いて、
「100歩譲ってレナに非があったとしよう。だとしても、だ。レナ、もう少し自分がされた事を冷静に考えてみろ」
と怒気を孕んだ声でルヴァルは言葉を紡ぐ。
「侯爵家ならレナの処遇をどうとでもできたにも関わらず現状を把握しておいての、放置。己の弱さを棚に上げ、婚約者がいる身でありながら他の女に目を向け、挙句レナを非難してからの自分勝手な婚約破棄。まぁ、婚約破棄については多少俺も圧をかけたけど、でも俺が話を侯爵家に持っていく前に奴は自分で婚約破棄を選んでたからな? その上勝手にハニートラップにかかって国を危険に晒そうとしている。どこかで踏み止まれる道もあったはずだ。それを選ばず、逃避を続け今もこうしてあちら側にいるバカに、気にかけてやる必要性を1ミリたりとも感じない」
「……えっと、ルル?」
「あークソ。マジで、腹立つ。何もかも気に入らねぇ!!」
感情のままに怒りの言葉を吐き出したルヴァルは、キッとエレナの方を睨み、
「第一、レナはヒトが良すぎる。お前はもう少しワガママに振る舞って丁度いい」
と文句を述べると、
「自分でいうのもなんだがな、現時点で俺は地位も名誉も財力も権力もそれなりに持ってんだよ。そんな俺とその嫁に嫌味の一つでも言える人間がいるとは思えんが、レナに心配されるまでもなく気に食わなければ倍にして返してやる。せっかくそんな男を夫にしているんだ。大いに利用して虎の威を借りろよ! お前の事見下す妹と元婚約者なんかを慮るくらいなら、ドヤ顔で"ざまぁー"くらい言ってやれ!!」
そう言ってエレナをけしかける。
全部を聞いたエレナは驚いた顔で目を瞬かせ、
「ふっ……ふふ……」
堪え切れないように笑い出す。
「あのなぁ、ヒトが真面目に」
心底おかしそうに笑うエレナに面食らいながら、ルヴァルは呆れたような声を上げる。
「ふふ、あはは。だってルルが"ざまぁー"って。ざまぁー。ふふ……はぁ、おかしい」
先程とは違う理由で浮かんできた涙を指先で拭い、まだ肩を震わせて笑うエレナは、
「私、ルルが思っているほどヒトが良いわけではないし、結構わがままだと思うんだけど」
青灰の瞳をじっと眺める。
ルヴァルがこの国の反逆者を捉えるために自分を必要としていることは理解している。でもできるなら、その危機が去った後も少しでも長く側に置いてもらえないかと願ってしまう。
「……なんだよ」
言いたい放題言ってやったと不遜な態度をとるルヴァルに、
「ふふ、ただ幸せだなぁって思っただけ」
とエレナはクスクス笑いながらそう言った。
ルヴァルの青灰の瞳を見ていると先程まで悩んでいたのが嘘みたいに、もうエレナの胸は痛まない。
ルヴァルは知っているだろうか?
絶対的に味方だと言って、自分のために怒ってくれる存在がどれほど貴重であるかと言う事を。
一人ではない、と当たり前に思わせてくれる彼といれば無敵な自分になれる気がする。
「すっごく元気出た。明日は"辺境伯夫人"の名に恥じないくらい、堂々と振る舞ってみせるわ」
ありがとう、とルヴァルの目を見ながらそう言ったエレナは本当に幸せそうな顔で綺麗に笑った。
「……なら、予行練習しておくか」
そう言ったルヴァルは、エレナが返事をするより早く彼女の手を取り引き起こし、
「レディ、一曲お相手願えますか?」
と紳士らしくダンスに誘う。
流れるようなその仕草があまりに綺麗で、見惚れたエレナは頬を染め言葉を失くす。
「どうした? 堂々と振る舞うんだろ」
見返したまま固まるエレナを見る青灰の瞳は、揶揄うようにそう声をかけてくる。
「だって、音楽ないし、照明も消してるし、今ドレス着てないし、ヒールも履いてないよ?」
本当に今からダンスをするの? と戸惑うエレナに、
「レナが歌えばいい。あとはなくていい」
そう言ってルヴァルはエレナの手を取る。
「……おーぼー」
わざと拗ねるような口調でそう言ったエレナは、静かに音楽を口ずさむ。
正確なテンポを刻んでいたエレナに、
「余裕だな。もっと振り回すか」
そう宣言したルヴァルはエレナを急に振り回す。本番ではきっと許されないようなテンポで、意地悪げな笑みを浮かべるルヴァルに難なく応えながらエレナは楽しそうに笑う。
「ふふ、ルル飛ばし過ぎ。もう、無理っ」
しばらくそんな攻防を続けた後、ついについていけなくなったエレナがクスクスと楽しげに笑いながらギブアップを宣言する。
足を絡ませて倒れ込んで来たエレナを難なく支えたルヴァルはドヤ顔で、
「俺の勝ちだな」
と笑う。
「えーダンスってそういうものじゃないと思うんだけど」
そんな抗議を上げる楽しげな紫水晶の瞳には自分しか写っていなくて、ルヴァルは酷く満足する。
"気に入らない"のだ。
エレナの表情が陰ったり、紫水晶の瞳が自分以外の誰かに向けられたりする事が。それがたとえ、どんな感情であっても。
エレナの言動に一喜一憂して振り回されて。紫水晶の視線が自分に戻って嬉しいと思うなんてどうかしている。
「ルル? どうしたの?」
不思議そうに自分を呼んだエレナに返事をする代わりにその黒髪を掬い、口付けを落とす。
大きく見開かれた紫水晶の瞳を見てルヴァルは思う。
この目に映るのが、自分一人であればいいのに、と。
「明日、頼んだ」
だが、今からエレナを手駒として使う自分がそんな事を望むなんてきっと許されない。
「うん、大丈夫。任された」
エレナは照れたような顔をして、静かに微笑み頷いた。
「期待してる」
ポンポンと頭を撫でたルヴァルはエレナにそう声をかけ、自分の中に湧いた感情に蓋をするとくるりと背をむけ歩き出す。
「ルル」
バルコニーから出て行こうとするルヴァルを引き留めたエレナは、彼の服を引っ張ると、
「大丈夫、だよ」
と静かに笑う。
振り返ったルヴァルの目には、戦う意志を宿した紫水晶の瞳の煌めきが映る。
「一人で背負わないで。私がルルの耳になる」
だから、大丈夫。
そう言ったエレナに全部を見透かされた気がした。
「……生意気」
ぐしゃぐしゃといつもみたいにエレナの黒髪を少し乱暴に撫でたルヴァルは、彼女の額にそっとキスを落とす。
「へっ?」
「おやすみ、レナ」
見惚れるくらい綺麗に笑ったルヴァルはエレナの耳元でそう囁くと今度こそ振り返らずに去っていく。
ルヴァルの中には、もう"気に入らない"という感情はなくなっていた。
「〜〜〜----」
痛いとすら言えず、両手で額を抑えて涙目でルヴァルを見上げる。
そんなエレナを見て膝を折り、視線を合わせたルヴァルは、
「気に入らん」
と端的に突然の暴挙の理由を述べた。
「えっ! ハイ? 意味がわからないんだけど!? あと、ルルいつもよりもすごく痛いよ!?」
ううっと額をさすって抗議をするエレナに、
「安心しろ。目一杯加減している」
本気でやれば骨を砕くくらいわけもないとルヴァルは淡々とした口調で返す。
多分それは冗談ではないのだろうが、加減されても痛いものは痛い。
「気に入らん……って、何が?」
せめてこの痛みの理由をキチンと説明してもらわないと納得いかないと紫水晶の瞳が訴える。
それをしっかり受け取って、
「俺は完全にレナ側の人間で、元婚約者の言い分は知らないし、2人の過去に関して俺は部外者だ。だからコレは遠くからヤジを飛ばす無責任な発言と一緒で、偏見塗れの俺の独善的な考えだ」
とルヴァルは前置きをする。
ルヴァルの長台詞に驚きながら目を瞬かせるエレナに、
「当事者同士にしか理解できないものもあるだろう。だが、それを全て無視した上で言うけどな、レナがそんな碌でもない人間に心を向けているのが俺は気に入らない」
と言い切る。
「碌でもない?」
囁くように溢れた言葉に頷いて、
「100歩譲ってレナに非があったとしよう。だとしても、だ。レナ、もう少し自分がされた事を冷静に考えてみろ」
と怒気を孕んだ声でルヴァルは言葉を紡ぐ。
「侯爵家ならレナの処遇をどうとでもできたにも関わらず現状を把握しておいての、放置。己の弱さを棚に上げ、婚約者がいる身でありながら他の女に目を向け、挙句レナを非難してからの自分勝手な婚約破棄。まぁ、婚約破棄については多少俺も圧をかけたけど、でも俺が話を侯爵家に持っていく前に奴は自分で婚約破棄を選んでたからな? その上勝手にハニートラップにかかって国を危険に晒そうとしている。どこかで踏み止まれる道もあったはずだ。それを選ばず、逃避を続け今もこうしてあちら側にいるバカに、気にかけてやる必要性を1ミリたりとも感じない」
「……えっと、ルル?」
「あークソ。マジで、腹立つ。何もかも気に入らねぇ!!」
感情のままに怒りの言葉を吐き出したルヴァルは、キッとエレナの方を睨み、
「第一、レナはヒトが良すぎる。お前はもう少しワガママに振る舞って丁度いい」
と文句を述べると、
「自分でいうのもなんだがな、現時点で俺は地位も名誉も財力も権力もそれなりに持ってんだよ。そんな俺とその嫁に嫌味の一つでも言える人間がいるとは思えんが、レナに心配されるまでもなく気に食わなければ倍にして返してやる。せっかくそんな男を夫にしているんだ。大いに利用して虎の威を借りろよ! お前の事見下す妹と元婚約者なんかを慮るくらいなら、ドヤ顔で"ざまぁー"くらい言ってやれ!!」
そう言ってエレナをけしかける。
全部を聞いたエレナは驚いた顔で目を瞬かせ、
「ふっ……ふふ……」
堪え切れないように笑い出す。
「あのなぁ、ヒトが真面目に」
心底おかしそうに笑うエレナに面食らいながら、ルヴァルは呆れたような声を上げる。
「ふふ、あはは。だってルルが"ざまぁー"って。ざまぁー。ふふ……はぁ、おかしい」
先程とは違う理由で浮かんできた涙を指先で拭い、まだ肩を震わせて笑うエレナは、
「私、ルルが思っているほどヒトが良いわけではないし、結構わがままだと思うんだけど」
青灰の瞳をじっと眺める。
ルヴァルがこの国の反逆者を捉えるために自分を必要としていることは理解している。でもできるなら、その危機が去った後も少しでも長く側に置いてもらえないかと願ってしまう。
「……なんだよ」
言いたい放題言ってやったと不遜な態度をとるルヴァルに、
「ふふ、ただ幸せだなぁって思っただけ」
とエレナはクスクス笑いながらそう言った。
ルヴァルの青灰の瞳を見ていると先程まで悩んでいたのが嘘みたいに、もうエレナの胸は痛まない。
ルヴァルは知っているだろうか?
絶対的に味方だと言って、自分のために怒ってくれる存在がどれほど貴重であるかと言う事を。
一人ではない、と当たり前に思わせてくれる彼といれば無敵な自分になれる気がする。
「すっごく元気出た。明日は"辺境伯夫人"の名に恥じないくらい、堂々と振る舞ってみせるわ」
ありがとう、とルヴァルの目を見ながらそう言ったエレナは本当に幸せそうな顔で綺麗に笑った。
「……なら、予行練習しておくか」
そう言ったルヴァルは、エレナが返事をするより早く彼女の手を取り引き起こし、
「レディ、一曲お相手願えますか?」
と紳士らしくダンスに誘う。
流れるようなその仕草があまりに綺麗で、見惚れたエレナは頬を染め言葉を失くす。
「どうした? 堂々と振る舞うんだろ」
見返したまま固まるエレナを見る青灰の瞳は、揶揄うようにそう声をかけてくる。
「だって、音楽ないし、照明も消してるし、今ドレス着てないし、ヒールも履いてないよ?」
本当に今からダンスをするの? と戸惑うエレナに、
「レナが歌えばいい。あとはなくていい」
そう言ってルヴァルはエレナの手を取る。
「……おーぼー」
わざと拗ねるような口調でそう言ったエレナは、静かに音楽を口ずさむ。
正確なテンポを刻んでいたエレナに、
「余裕だな。もっと振り回すか」
そう宣言したルヴァルはエレナを急に振り回す。本番ではきっと許されないようなテンポで、意地悪げな笑みを浮かべるルヴァルに難なく応えながらエレナは楽しそうに笑う。
「ふふ、ルル飛ばし過ぎ。もう、無理っ」
しばらくそんな攻防を続けた後、ついについていけなくなったエレナがクスクスと楽しげに笑いながらギブアップを宣言する。
足を絡ませて倒れ込んで来たエレナを難なく支えたルヴァルはドヤ顔で、
「俺の勝ちだな」
と笑う。
「えーダンスってそういうものじゃないと思うんだけど」
そんな抗議を上げる楽しげな紫水晶の瞳には自分しか写っていなくて、ルヴァルは酷く満足する。
"気に入らない"のだ。
エレナの表情が陰ったり、紫水晶の瞳が自分以外の誰かに向けられたりする事が。それがたとえ、どんな感情であっても。
エレナの言動に一喜一憂して振り回されて。紫水晶の視線が自分に戻って嬉しいと思うなんてどうかしている。
「ルル? どうしたの?」
不思議そうに自分を呼んだエレナに返事をする代わりにその黒髪を掬い、口付けを落とす。
大きく見開かれた紫水晶の瞳を見てルヴァルは思う。
この目に映るのが、自分一人であればいいのに、と。
「明日、頼んだ」
だが、今からエレナを手駒として使う自分がそんな事を望むなんてきっと許されない。
「うん、大丈夫。任された」
エレナは照れたような顔をして、静かに微笑み頷いた。
「期待してる」
ポンポンと頭を撫でたルヴァルはエレナにそう声をかけ、自分の中に湧いた感情に蓋をするとくるりと背をむけ歩き出す。
「ルル」
バルコニーから出て行こうとするルヴァルを引き留めたエレナは、彼の服を引っ張ると、
「大丈夫、だよ」
と静かに笑う。
振り返ったルヴァルの目には、戦う意志を宿した紫水晶の瞳の煌めきが映る。
「一人で背負わないで。私がルルの耳になる」
だから、大丈夫。
そう言ったエレナに全部を見透かされた気がした。
「……生意気」
ぐしゃぐしゃといつもみたいにエレナの黒髪を少し乱暴に撫でたルヴァルは、彼女の額にそっとキスを落とす。
「へっ?」
「おやすみ、レナ」
見惚れるくらい綺麗に笑ったルヴァルはエレナの耳元でそう囁くと今度こそ振り返らずに去っていく。
ルヴァルの中には、もう"気に入らない"という感情はなくなっていた。