【コミカライズ化】追放された歌姫は不器用な旦那様に最愛を捧ぐ
45.その歌姫は、始動する。
準備が整いましたよ、と言う声でエレナはゆっくりと瞳を開ける。
そこにいたのは自分史上断トツで綺麗に整えられた完璧な淑女。
リーファに促され、背筋を伸ばして立ち上がる。
本日着ているドレスはルヴァルの瞳を連想させる青灰色と鮮やかな青を使ったAラインの格式高い重厚感のあるドレス。
大人っぽい印象の色に、胸から裾まで入れられた流れるように美しい銀の刺繍と腰のあたりにあしらわれた大きなリボンが可愛らしさを演出する。
全身を確かめるようにクルリと軽やかに回転したエレナは、カツンとヒールを鳴らしカーテシーをする。
「パーフェクトです、エレナお嬢様」
お綺麗ですと拳を握り力強く言い切ったリーファに、
「素敵なドレス。重厚感がある見た目なのに、全然重さを感じない」
さすがメリッサのオリジナルと微笑む。
十分とは言えない準備期間の中で、できる限りの手は打った。
あとは、戦うだけだ。
よしとエレナが気合いを入れたタイミングでノックがし、
「リーファ、エレナ様のご準備は……」
リオレートがドアを開ける。
「いつでも出られるわ」
リオレートの前に進み出たエレナは、
「どうかしら?」
軽くドレスを持ち上げて淑女らしく礼をして見せる。
「とてもお綺麗ですよ」
優しく微笑んだリオレートの声は澄んだ音をしていた。
「今回の注目株はエレナ様で間違いなしですね」
「お世辞でもそう言ってくれると嬉しいわ」
そう言いながら、エレナは静かに耳を澄ます。
「お館様はすでに登城しておいでです。会場までは、僭越ながら私がエスコートさせて頂きますので」
差し出された手を取り、
「ええ、よろしくね。リオ」
エレナは重ねた手からより正確な"音"を拾う。
「ルルは王都に来てから大忙しね」
元々仕事ばかりだったけれどと苦笑したエレナに、
「お寂しいですか?」
とリオレートは軽い口調で尋ねる。
「いいえ」
キッパリと言い切ったエレナは、
『この程度で狼狽えてはなりませんよ』
以前リーファに言われた言葉を思い出す。
「私は、ルルを信じているから」
これから何が起こっても、狼狽えたりしない。
「……どうしました、エレナ様?」
急に歩みを止めたエレナを不思議そうに黒曜石の瞳が捉える。
「ルルの憂いは私が祓う。私は彼の妻だから」
たとえ仮初の妻だとしても。
背負うモノの多い彼に笑っていて欲しいから。
「だから、ルルの大事なモノは私が守るって決めたの」
そう言ってエレナはふわりと笑う。
その表情の柔らかさとは裏腹に、どんな手段を使っても、と強い決意を内心胸に秘めて。
「ねぇ、リオ。私、バーレーに来れて良かった。みんなのことが大好きなの」
紫水晶と黒曜石の視線が宙で絡む。
透き通るような紫に見透かされた気がして、黒曜石の瞳は少しだけ動揺し息を呑む。
「だから、絶対全員でバーレーに帰りましょうね」
エレナは静かに望む未来を述べる。
体内で異なる魔力が爆ぜ、混ざり、澱む苦しくて痛い不協和音を聴きながら。
「……エレナ、様」
行きましょうか、と微笑んだエレナは再び歩き出す。
カナリアの耳に聞こえる悲鳴にも似た"緩んだ綻び"を直す方法を手に入れるために。
建国祭を祝う宴は豪華絢爛だった。
マリナは満足気にメリーメリーの深紅のドレスを着こなし、エリオットにエスコートされ会場を渡り歩く。
「ふふ、素敵。こんなところに来られるなんて夢みたいですわ」
エリオットの腕に自身の腕を絡めて枝垂れかかりマリナは囁くようにそうつぶやく。
「君の頼みならなんと言うことはないよ。それにドレスもよく似合っている」
本来子爵家には建国祭の宴への招待は届かないのだが、マリナにねだられ実家のコネを使った。
「本当に君は着飾り甲斐があるね」
マリナが望んだドレスを仕立て、自分の色の宝石を身に纏い可愛らしく微笑む婚約者。
わがままな所も多いが、それすらも彼女を構成する魅力的な要素に感じる。
すれ違う人間が振り返り美しいマリナに視線を送り、羨望の眼差しを自分にを見るたびにエリオットは満足感を覚えていた。
それはエレナを隣に置いているときには得られなかったものだ。
「ふふ、エリオット様にそう言って頂けるなんて、私感激です」
「……君は本当に可愛い人だ」
エレナとは違って。とエリオットは内心で付け足す。
これで良かったはず、と自分に言い聞かせながら。
「まぁ、エリオット様ったら」
マリナは大輪の花のような笑みを浮かべる。
「そうだ。マリナ、先程は兄がすまなかった。知っているとおり、兄はエレナ贔屓で。嫌な思いをさせてしまったのではないかい?」
エレナとの婚約を破棄しマリナと婚約し直して以降、もともとソリの合わなかった兄との間には決定的な確執ができた。
なるべく顔を合わせないようにしているのだが、ウェイン侯爵家の一員として建国祭に参加するにあたり久しぶりに顔を合わせ、要らぬ小言を聞かされた。
「気にしていませんわ。エリオット様がお気遣いくださりますもの」
気になさらないで、そう言ってマリナは優しく微笑む。
(だって、お義兄様はもうすぐ"不慮の事故"でいなくなりますから)
とこれから起こる未来を内心で付け足して。
先程ノルディアの使者からすれ違い様に渡されたメモを思い浮かべる。
『手配は全て整った』
指先で読み取ったメッセージはそっけなく。
雪のように淡く消えたその魔法の痕跡は間違いなく、ノルディア王国王太子カルマのもので。
わざわざ王太子自ら自分のためにメッセージを綴られたという事実にマリナは胸が熱くなった。
(ああ、早くお会いしたい)
どうか、早く迎えに来て。
マリナは恋焦がれるようにカルマの姿を思い浮かべ、国の終わりを告げる鐘の音を待つ事にした。
そこにいたのは自分史上断トツで綺麗に整えられた完璧な淑女。
リーファに促され、背筋を伸ばして立ち上がる。
本日着ているドレスはルヴァルの瞳を連想させる青灰色と鮮やかな青を使ったAラインの格式高い重厚感のあるドレス。
大人っぽい印象の色に、胸から裾まで入れられた流れるように美しい銀の刺繍と腰のあたりにあしらわれた大きなリボンが可愛らしさを演出する。
全身を確かめるようにクルリと軽やかに回転したエレナは、カツンとヒールを鳴らしカーテシーをする。
「パーフェクトです、エレナお嬢様」
お綺麗ですと拳を握り力強く言い切ったリーファに、
「素敵なドレス。重厚感がある見た目なのに、全然重さを感じない」
さすがメリッサのオリジナルと微笑む。
十分とは言えない準備期間の中で、できる限りの手は打った。
あとは、戦うだけだ。
よしとエレナが気合いを入れたタイミングでノックがし、
「リーファ、エレナ様のご準備は……」
リオレートがドアを開ける。
「いつでも出られるわ」
リオレートの前に進み出たエレナは、
「どうかしら?」
軽くドレスを持ち上げて淑女らしく礼をして見せる。
「とてもお綺麗ですよ」
優しく微笑んだリオレートの声は澄んだ音をしていた。
「今回の注目株はエレナ様で間違いなしですね」
「お世辞でもそう言ってくれると嬉しいわ」
そう言いながら、エレナは静かに耳を澄ます。
「お館様はすでに登城しておいでです。会場までは、僭越ながら私がエスコートさせて頂きますので」
差し出された手を取り、
「ええ、よろしくね。リオ」
エレナは重ねた手からより正確な"音"を拾う。
「ルルは王都に来てから大忙しね」
元々仕事ばかりだったけれどと苦笑したエレナに、
「お寂しいですか?」
とリオレートは軽い口調で尋ねる。
「いいえ」
キッパリと言い切ったエレナは、
『この程度で狼狽えてはなりませんよ』
以前リーファに言われた言葉を思い出す。
「私は、ルルを信じているから」
これから何が起こっても、狼狽えたりしない。
「……どうしました、エレナ様?」
急に歩みを止めたエレナを不思議そうに黒曜石の瞳が捉える。
「ルルの憂いは私が祓う。私は彼の妻だから」
たとえ仮初の妻だとしても。
背負うモノの多い彼に笑っていて欲しいから。
「だから、ルルの大事なモノは私が守るって決めたの」
そう言ってエレナはふわりと笑う。
その表情の柔らかさとは裏腹に、どんな手段を使っても、と強い決意を内心胸に秘めて。
「ねぇ、リオ。私、バーレーに来れて良かった。みんなのことが大好きなの」
紫水晶と黒曜石の視線が宙で絡む。
透き通るような紫に見透かされた気がして、黒曜石の瞳は少しだけ動揺し息を呑む。
「だから、絶対全員でバーレーに帰りましょうね」
エレナは静かに望む未来を述べる。
体内で異なる魔力が爆ぜ、混ざり、澱む苦しくて痛い不協和音を聴きながら。
「……エレナ、様」
行きましょうか、と微笑んだエレナは再び歩き出す。
カナリアの耳に聞こえる悲鳴にも似た"緩んだ綻び"を直す方法を手に入れるために。
建国祭を祝う宴は豪華絢爛だった。
マリナは満足気にメリーメリーの深紅のドレスを着こなし、エリオットにエスコートされ会場を渡り歩く。
「ふふ、素敵。こんなところに来られるなんて夢みたいですわ」
エリオットの腕に自身の腕を絡めて枝垂れかかりマリナは囁くようにそうつぶやく。
「君の頼みならなんと言うことはないよ。それにドレスもよく似合っている」
本来子爵家には建国祭の宴への招待は届かないのだが、マリナにねだられ実家のコネを使った。
「本当に君は着飾り甲斐があるね」
マリナが望んだドレスを仕立て、自分の色の宝石を身に纏い可愛らしく微笑む婚約者。
わがままな所も多いが、それすらも彼女を構成する魅力的な要素に感じる。
すれ違う人間が振り返り美しいマリナに視線を送り、羨望の眼差しを自分にを見るたびにエリオットは満足感を覚えていた。
それはエレナを隣に置いているときには得られなかったものだ。
「ふふ、エリオット様にそう言って頂けるなんて、私感激です」
「……君は本当に可愛い人だ」
エレナとは違って。とエリオットは内心で付け足す。
これで良かったはず、と自分に言い聞かせながら。
「まぁ、エリオット様ったら」
マリナは大輪の花のような笑みを浮かべる。
「そうだ。マリナ、先程は兄がすまなかった。知っているとおり、兄はエレナ贔屓で。嫌な思いをさせてしまったのではないかい?」
エレナとの婚約を破棄しマリナと婚約し直して以降、もともとソリの合わなかった兄との間には決定的な確執ができた。
なるべく顔を合わせないようにしているのだが、ウェイン侯爵家の一員として建国祭に参加するにあたり久しぶりに顔を合わせ、要らぬ小言を聞かされた。
「気にしていませんわ。エリオット様がお気遣いくださりますもの」
気になさらないで、そう言ってマリナは優しく微笑む。
(だって、お義兄様はもうすぐ"不慮の事故"でいなくなりますから)
とこれから起こる未来を内心で付け足して。
先程ノルディアの使者からすれ違い様に渡されたメモを思い浮かべる。
『手配は全て整った』
指先で読み取ったメッセージはそっけなく。
雪のように淡く消えたその魔法の痕跡は間違いなく、ノルディア王国王太子カルマのもので。
わざわざ王太子自ら自分のためにメッセージを綴られたという事実にマリナは胸が熱くなった。
(ああ、早くお会いしたい)
どうか、早く迎えに来て。
マリナは恋焦がれるようにカルマの姿を思い浮かべ、国の終わりを告げる鐘の音を待つ事にした。