【コミカライズ化】追放された歌姫は不器用な旦那様に最愛を捧ぐ
62.その歌姫は、武運を祈る。
初日にトラブルがあったにも関わらず、それらは全て水面下で処理されて建国祭の催しは滞りなく進んでいく。
そして、本日は狩猟大会。元々は神を讃え、供物を捧げる目的で行われていたそれは、今ではマシール王国の軍事力と技術力を他国の来賓に披露する場と化している。
「うわぁ、みんなすごくカッコいい」
エレナは狩猟服を身に纏うルヴァル達の装いをみて賞賛の声を上げる。
アルヴィン辺境伯御用達の仕立て屋メリッサ・メリーガード作の狩猟服は、全体の統一感は残しつつも1人ずつ色味もデザインも若干異なりその人のためだけに誂えられたものだと分かる。
そのこだわりにメリッサらしいと笑ったエレナは、
「みんな頑張ってね」
と声援を送る。
「頑張れ、と言われたところで俺は狩りには出ないがな」
あとコイツら全員要人の護衛、とルヴァルは後ろに控える騎士たちをさしてそういう。
「え!? そうなの」
「王立騎士団だけでは護衛の手が足りないと要請があったからな」
先日のブルーローズの対価にアーサーに頼まれた案件。それが要人たちの護衛任務だった。
狩りなどバーレーでは日常的に飽きるほどやっているのでわざわざ大会に出て場を荒らす必要性を感じなかったルヴァルはアーサーの頼みを二つ返事で聞き入れた。
「あれ? じゃあなんでみんな仕事着じゃないの?」
エレナは狩猟服を着ている一同を改めてみる。どんな装いをしていても、バーレーの戦闘員は全員強いのだろうけれど、狩猟服よりも騎士服の方が防御率が高いし、何よりこの人達が守ってくれるのだと参加者から見ても分かりやすいはずなのに。
「ああ、俺が要人の護衛に堂々と手を貸せば騎士団の体裁だの貴族の序列だのにこだわる馬鹿どもが外野からキャンキャン吠えて煩いからな。アーサーは気にしちゃいないが、こんなくだらない事で奴らに余計な因縁をふっかけられて対応する時間が勿体ない」
とルヴァルはため息をつく。
「……第二王子派」
そんなルヴァルを見て現状を理解したエレナはぽつりとそうつぶやく。
現王妃は王太子であるアーサーの実の母ではなく、後妻。それも有力貴族の娘だ。彼女はアーサーの母が身罷られた後、わりとすぐ王家に嫁いだ。
陛下は前妻である王妃を愛していた。でも、愛だけでは国は治められない。政治的な意味合いが強い結婚ではあったけれど、後に2人の間には姫と王子が生まれた。
有力貴族による後ろ盾と正統な血筋。にもかかわらず、現王妃の子である第二王子ではなくアーサーが王太子に指名されたのは、彼自身の能力が第二王子とは比べものにならないほど高かったからだ。
アーサーが立太子したことで一旦は下火になった権力争い。
だが、足場を固めきる前に陛下の命が危ぶまれる事態になった今、数の力を持ってそれは再燃しつつある。
次代を担うのは第二王子の方が相応しい、と。
「……なんて勝手な」
ぎゅっと拳を握りしめてエレナはそう憤る。
「ルルに狩猟大会に参加させず、不戦敗を強いた上に"護衛はルル達が自主的にやった事"にしたいだなんて、身勝手過ぎる」
人手が足りないと働かせておいて、手柄は全て王立騎士団のモノにする。紛う事なくそれは能力搾取だ。
「珍しいな、レナが怒るなんて」
むぅとあからさまに不満気な顔になったエレナを見て揶揄うようにそう言ったルヴァルに、
「大事な人達が蔑ろにされたら私だって怒ります」
とエレナは言い返す。
「ふっ、安心しろ。俺が喧嘩を売られて黙ってる人間に見えるか?」
「見えない……けど」
でも、と言い淀んだエレナの頭を乱暴な動作で撫でたルヴァルは、
「俺は出ない。が、代わりにアルヴィン辺境伯代理でリーファをエントリーに捩じ込んでやった」
そう言ってイタズラでも楽しむかのように口角を上げる。
「へっ? リーファを!?」
「あーーーー!! せっかく、エレナ様を可愛く可憐に仕立て上げたのに、なに髪ぐしゃぐしゃにしてくれてやがるんですか!?」
聞き返すエレナの耳にリーファの声が届く。そちらを見やれば、高い位置に燃えるような紅い髪を一つに結い上げ、狩猟服を着こなした不満気な紅玉の瞳と目が合った。
「もう! お館様、エレナ様はこのあと貴婦人たちとのお茶会と言う名の社交が控えているんですよ!?」
どうするおつもりですか、と小言をいう彼女はいつも通りなのに、メイド服を着ていないだけで別人に見えるから不思議だ。
「すごくかっこいいのだけど。リーファ、本当に出るの?」
「ああ。メイドは騎士じゃねぇから今回の任務に召集されてないし、メイドが狩猟大会に出てはいけないなんて規定はない」
リーファは言わずもがなメイドである。アルヴィン辺境伯領の騎士団のリストにもその名はない。
だとしてもメイドを代理登録して送り込むのはいかがなものか。
「規定されていないっていうよりも、そもそもメイドの代理登録なんて想定されてないだけなんじゃ」
ルヴァルなりの意趣返しなのだろうが、これは果たして有りなのだろうか?
それより何より辺境伯領を束ねる領主でもそこに付き従う騎士でもない一介のメイドにフルボッコにされて一人勝ちでもされようものならプライドの高い貴族の子息達はしばらく立ち直れないのでは、とエレナは心配になってしまう。
「あら、エレナ様は私がお館様の代理ではご不満ですか?」
ふふっと楽しげな声を上げたリーファはエレナに傅くとその手を取ってまるで騎士のように口付けを落とす。
「現役は退きましたけど、私これでも王都ではそれなりに人気があったんですよ?」
賭け事では負けなしと流れるような綺麗な所作でウィンクをして見せるリーファに、エレナは見惚れて驚き目を瞬かせる。
「おいこら、リーファ。ヒトの嫁まで見境なく誘惑してんじゃねぇよ」
「お館様心狭っー。この程度で揺らぐなら、その程度の愛しか受けられないお館様の普段の行いに問題があるのでは?」
ちなみに私はエレナ様が嫁がれたその日から毎日誠心誠意エレナ様にお仕えしていますけど、と勝ち誇ったようにリーファは笑う。
「痛いとこ突きやがって……。お前、後で覚えとけよ」
ちっと舌打ちするルヴァルに、
「いつでも受けて立ちますよ」
ドヤ顔で応じるリーファ。
「ふふっ、二人ともとっても仲良し」
そんな2人のいつものやり取りを見て安心したようにエレナは笑う。
「あ、私ルルに渡したいものがあったんだった」
そう言ってエレナが取り出したのは、とても繊細で美しい刺繍のいれられたハンカチ。
「……これは?」
「狩猟大会では健闘を祈って大事な相手に渡すって聞いたから」
ルルに渡したくて、とエレナは照れたように笑う。
ルヴァルはハンカチを無言でじっと見る。そこには白銀の狼と雪の結晶が描かれていた。
エレナには回帰した事は告げたが、神獣と交わした契約については話していない。まるで、1度目の人生で契約したあの狼を思い出させるモチーフにルヴァルは軽く目を見開く。
「い、急いで作ったから……ちょっと失敗しちゃったけど。あ、いらないなら……無理して、受け取らなくても……」
いつもなら何を差し出してもすぐお礼を言って受け取ってくれるルヴァルが無言のままじっと見ているので、余計な事をしてしまったのかもとエレナは焦ったようにハンカチごと手を引っ込めようとする。
「……どうして、このデザインに?」
エレナの手ごと引き留めたルヴァルはエレナにそう尋ねる。
きっとエレナの事だからひと針ひと針想いを込めてコレを作ってくれたのだろうとルヴァルは思う。
王都に来る前も来てからも、彼女は慣れない社交やその準備でずっと忙しかったはずなのに。
あなたが無事でありますように、と。
そんな祈りを込めながら。
「よく……分からないのだけど、狼が頭に浮かんだから。ルルの事、護ってくれそうな気がして。そう、だったらいいなぁって」
そういってエレナは柔らかな笑みを浮かべる。
もしかしたら、神獣の加護を受ける彼女は無自覚にその存在を感じ取れるのかもしれない。
そんなことを思ったルヴァルは、
「一度、レナの視点で世界を見てみたいものだ」
ヒトに聞こえない音を耳で拾う彼女のこの澄んだ紫水晶の瞳に映る世界が、穏やかなものであって欲しいと願う。
エレナからハンカチを受け取ると礼をのべ、エレナの額に口付けを落とし、
「武運を」
穏やかに微笑む。
ルヴァルの行動と笑みに真っ赤な顔をしたエレナは、
「わ、私……みんなにも作って来たんだった」
脱兎のごとく逃げていく。
刺繍入りのリボンをリーファや騎士たちに配るエレナを見ながら、
「先は長そうだ」
とルヴァルは小さく笑った。
そして、本日は狩猟大会。元々は神を讃え、供物を捧げる目的で行われていたそれは、今ではマシール王国の軍事力と技術力を他国の来賓に披露する場と化している。
「うわぁ、みんなすごくカッコいい」
エレナは狩猟服を身に纏うルヴァル達の装いをみて賞賛の声を上げる。
アルヴィン辺境伯御用達の仕立て屋メリッサ・メリーガード作の狩猟服は、全体の統一感は残しつつも1人ずつ色味もデザインも若干異なりその人のためだけに誂えられたものだと分かる。
そのこだわりにメリッサらしいと笑ったエレナは、
「みんな頑張ってね」
と声援を送る。
「頑張れ、と言われたところで俺は狩りには出ないがな」
あとコイツら全員要人の護衛、とルヴァルは後ろに控える騎士たちをさしてそういう。
「え!? そうなの」
「王立騎士団だけでは護衛の手が足りないと要請があったからな」
先日のブルーローズの対価にアーサーに頼まれた案件。それが要人たちの護衛任務だった。
狩りなどバーレーでは日常的に飽きるほどやっているのでわざわざ大会に出て場を荒らす必要性を感じなかったルヴァルはアーサーの頼みを二つ返事で聞き入れた。
「あれ? じゃあなんでみんな仕事着じゃないの?」
エレナは狩猟服を着ている一同を改めてみる。どんな装いをしていても、バーレーの戦闘員は全員強いのだろうけれど、狩猟服よりも騎士服の方が防御率が高いし、何よりこの人達が守ってくれるのだと参加者から見ても分かりやすいはずなのに。
「ああ、俺が要人の護衛に堂々と手を貸せば騎士団の体裁だの貴族の序列だのにこだわる馬鹿どもが外野からキャンキャン吠えて煩いからな。アーサーは気にしちゃいないが、こんなくだらない事で奴らに余計な因縁をふっかけられて対応する時間が勿体ない」
とルヴァルはため息をつく。
「……第二王子派」
そんなルヴァルを見て現状を理解したエレナはぽつりとそうつぶやく。
現王妃は王太子であるアーサーの実の母ではなく、後妻。それも有力貴族の娘だ。彼女はアーサーの母が身罷られた後、わりとすぐ王家に嫁いだ。
陛下は前妻である王妃を愛していた。でも、愛だけでは国は治められない。政治的な意味合いが強い結婚ではあったけれど、後に2人の間には姫と王子が生まれた。
有力貴族による後ろ盾と正統な血筋。にもかかわらず、現王妃の子である第二王子ではなくアーサーが王太子に指名されたのは、彼自身の能力が第二王子とは比べものにならないほど高かったからだ。
アーサーが立太子したことで一旦は下火になった権力争い。
だが、足場を固めきる前に陛下の命が危ぶまれる事態になった今、数の力を持ってそれは再燃しつつある。
次代を担うのは第二王子の方が相応しい、と。
「……なんて勝手な」
ぎゅっと拳を握りしめてエレナはそう憤る。
「ルルに狩猟大会に参加させず、不戦敗を強いた上に"護衛はルル達が自主的にやった事"にしたいだなんて、身勝手過ぎる」
人手が足りないと働かせておいて、手柄は全て王立騎士団のモノにする。紛う事なくそれは能力搾取だ。
「珍しいな、レナが怒るなんて」
むぅとあからさまに不満気な顔になったエレナを見て揶揄うようにそう言ったルヴァルに、
「大事な人達が蔑ろにされたら私だって怒ります」
とエレナは言い返す。
「ふっ、安心しろ。俺が喧嘩を売られて黙ってる人間に見えるか?」
「見えない……けど」
でも、と言い淀んだエレナの頭を乱暴な動作で撫でたルヴァルは、
「俺は出ない。が、代わりにアルヴィン辺境伯代理でリーファをエントリーに捩じ込んでやった」
そう言ってイタズラでも楽しむかのように口角を上げる。
「へっ? リーファを!?」
「あーーーー!! せっかく、エレナ様を可愛く可憐に仕立て上げたのに、なに髪ぐしゃぐしゃにしてくれてやがるんですか!?」
聞き返すエレナの耳にリーファの声が届く。そちらを見やれば、高い位置に燃えるような紅い髪を一つに結い上げ、狩猟服を着こなした不満気な紅玉の瞳と目が合った。
「もう! お館様、エレナ様はこのあと貴婦人たちとのお茶会と言う名の社交が控えているんですよ!?」
どうするおつもりですか、と小言をいう彼女はいつも通りなのに、メイド服を着ていないだけで別人に見えるから不思議だ。
「すごくかっこいいのだけど。リーファ、本当に出るの?」
「ああ。メイドは騎士じゃねぇから今回の任務に召集されてないし、メイドが狩猟大会に出てはいけないなんて規定はない」
リーファは言わずもがなメイドである。アルヴィン辺境伯領の騎士団のリストにもその名はない。
だとしてもメイドを代理登録して送り込むのはいかがなものか。
「規定されていないっていうよりも、そもそもメイドの代理登録なんて想定されてないだけなんじゃ」
ルヴァルなりの意趣返しなのだろうが、これは果たして有りなのだろうか?
それより何より辺境伯領を束ねる領主でもそこに付き従う騎士でもない一介のメイドにフルボッコにされて一人勝ちでもされようものならプライドの高い貴族の子息達はしばらく立ち直れないのでは、とエレナは心配になってしまう。
「あら、エレナ様は私がお館様の代理ではご不満ですか?」
ふふっと楽しげな声を上げたリーファはエレナに傅くとその手を取ってまるで騎士のように口付けを落とす。
「現役は退きましたけど、私これでも王都ではそれなりに人気があったんですよ?」
賭け事では負けなしと流れるような綺麗な所作でウィンクをして見せるリーファに、エレナは見惚れて驚き目を瞬かせる。
「おいこら、リーファ。ヒトの嫁まで見境なく誘惑してんじゃねぇよ」
「お館様心狭っー。この程度で揺らぐなら、その程度の愛しか受けられないお館様の普段の行いに問題があるのでは?」
ちなみに私はエレナ様が嫁がれたその日から毎日誠心誠意エレナ様にお仕えしていますけど、と勝ち誇ったようにリーファは笑う。
「痛いとこ突きやがって……。お前、後で覚えとけよ」
ちっと舌打ちするルヴァルに、
「いつでも受けて立ちますよ」
ドヤ顔で応じるリーファ。
「ふふっ、二人ともとっても仲良し」
そんな2人のいつものやり取りを見て安心したようにエレナは笑う。
「あ、私ルルに渡したいものがあったんだった」
そう言ってエレナが取り出したのは、とても繊細で美しい刺繍のいれられたハンカチ。
「……これは?」
「狩猟大会では健闘を祈って大事な相手に渡すって聞いたから」
ルルに渡したくて、とエレナは照れたように笑う。
ルヴァルはハンカチを無言でじっと見る。そこには白銀の狼と雪の結晶が描かれていた。
エレナには回帰した事は告げたが、神獣と交わした契約については話していない。まるで、1度目の人生で契約したあの狼を思い出させるモチーフにルヴァルは軽く目を見開く。
「い、急いで作ったから……ちょっと失敗しちゃったけど。あ、いらないなら……無理して、受け取らなくても……」
いつもなら何を差し出してもすぐお礼を言って受け取ってくれるルヴァルが無言のままじっと見ているので、余計な事をしてしまったのかもとエレナは焦ったようにハンカチごと手を引っ込めようとする。
「……どうして、このデザインに?」
エレナの手ごと引き留めたルヴァルはエレナにそう尋ねる。
きっとエレナの事だからひと針ひと針想いを込めてコレを作ってくれたのだろうとルヴァルは思う。
王都に来る前も来てからも、彼女は慣れない社交やその準備でずっと忙しかったはずなのに。
あなたが無事でありますように、と。
そんな祈りを込めながら。
「よく……分からないのだけど、狼が頭に浮かんだから。ルルの事、護ってくれそうな気がして。そう、だったらいいなぁって」
そういってエレナは柔らかな笑みを浮かべる。
もしかしたら、神獣の加護を受ける彼女は無自覚にその存在を感じ取れるのかもしれない。
そんなことを思ったルヴァルは、
「一度、レナの視点で世界を見てみたいものだ」
ヒトに聞こえない音を耳で拾う彼女のこの澄んだ紫水晶の瞳に映る世界が、穏やかなものであって欲しいと願う。
エレナからハンカチを受け取ると礼をのべ、エレナの額に口付けを落とし、
「武運を」
穏やかに微笑む。
ルヴァルの行動と笑みに真っ赤な顔をしたエレナは、
「わ、私……みんなにも作って来たんだった」
脱兎のごとく逃げていく。
刺繍入りのリボンをリーファや騎士たちに配るエレナを見ながら、
「先は長そうだ」
とルヴァルは小さく笑った。