副社長の執愛 〜人間国宝から届いた壺を割ったら愛され妻になりました〜
スマホを見ていたせいで、赤信号なのに道路を渡りそうになっていた。
目の前を、車がすごい勢いで走り抜ける。轢かれたら命はなかっただろう。
「す、すみません!」
私は慌てて謝った。
命の恩人を痴漢扱いしてしまった。
顔を上げて、驚いた。
「副社長……」
「たまたま見かけて。間に合って良かった」
彼はニコッと笑った。
こんな偶然、あるんだろうか。
ぼうっとする私を、彼は自分の専用車で送ってくれた。
彼に抱きしめられた熱が忘れられなくて、その晩はなかなか寝付けなかった。
ああ。どうしよう。恋をしてしまった。
私は布団を被って丸まった。
副社長なんて別世界の人なのに。届かない恋なのに。
だけど、想うだけならいいよね?
抑えようもなく高まる胸を抑えて、私はため息をついた。
恋しい人のために……恩人のためにがんばろう、と仕事に打ち込んだ。
その結果なのか、副社長の専属秘書になった。
うれしい反面、つらかった。手の届かない人だから。
彼とは読書の趣味が合って、話がはずんだ。
忙しいはずなのにいつ読んでいるんだろう。
仕事のときは厳しいが、雑談をしているときの彼は穏やかに微笑む。
そのギャップに、心は持っていかれる一方だった。
自分だけが彼のゆるやかな時間を知っている。
そんな優越感もあった
だけど、しょせんは副社長と秘書だ。
彼には大企業の令嬢との縁談が多いことも知っている。
かなわぬ恋だとわかっているから、私は冷静に仕事をしてきた、つもりだった。
知ってか知らずか、彼は口説くようなことを口にした。