副社長の執愛 〜人間国宝から届いた壺を割ったら愛され妻になりました〜

「君はいつもかわいいな」
「ありがとうございます、お世辞でも嬉しいです」

 からかわれているのだと思い、いつも軽く返した。

「会食で婚約者だって紹介しちゃおうかな」
「副社長の趣味が悪いと思われますよ」

「そんなことはないと思うけどなあ」
 そう言って、彼はにこやかに苦笑する。

 いつも、この笑顔が冗談の終了サインだ。

 でも、最近は口説き方が重い。

「俺と結婚したら、絶対に幸せにするよ」
「そんなこと言われる女性はきっと幸せですねえ」
 私ははぐらかして逃げた。

***

 はぐらかしたり冗談にするのも限界があった。

 いつ逃げられなくなるだろうかと思っていた。

 今日は誕生日のせいか、一段と迫ってくる。

「君と結婚したら子供は最低でも二人ほしいなあ」
「私に似たら悲惨なので、その案は却下ですねえ」
 私はじりっと扉に近づいた。

 このまま外に逃げられないかな。壺がちょっと邪魔だけど。

「俺は本気なのに、君は冗談にしてしまう。いつになったら本気にしてくれるのかな」
 また一歩、彼は私に近付く。

「副社長と私とでは釣り合いがとれません!」
「そんなものはどうとでもなる」
 彼は私の頬に手を伸ばす。

「やめてください!」
 私は思わずその手を振り払った。

 勢い余った私の手は、飾られた壺に当たった。

 直後、壺が落ちて、割れた。

 がちゃん、という音が残響のように耳に残る。

「嘘……」
 私は愕然と破片となったそれを見た。
 どうしよう、と顔を上げると、難しい顔をした彼がいた。

「これは人間国宝から送られてきた……」
 彼のつぶやきは途中で消えた。

 私の顔からは血の気がひいていた。

「世界に一つしかない壺だ」

 そんなの、国宝級じゃないの?

「おいくらくらいするものなんでしょう……」
「値段なんてつけられないだろ」

 ですよねー!

「謝罪に行きます」
 住所も連絡先も知っている。お中元やお歳暮の手配は私の仕事だったから。

「謝るだけで許してもらえるかな」
 彼の声が、耳に重く響く。
 私はへなへなと崩れ落ちた。

「こうなったら」
 彼は私の前に膝を突いた。
「俺と結婚するしかないな」

「どうして!?」
 急な飛躍に、私は目を丸くして彼を見た。

 相変わらずのイケメンがそこにあった。

「俺の妻なら、彼も許してくれるだろうから」
「そんな理由で結婚なんて」

「君に賠償できるのか?」
「それは……」

 値段がつかないほどの高価なもの、一生掛かっても払えるかどうか。

「それ以前に、所有権は滝川さんじゃなくて俺だ。許しも賠償も、俺に対してじゃないのか?」
「申し訳ございません!」

 私が手をついて頭を下げると、彼は私の肩に手をやって頭を上げさせた。

「俺と結婚するなら許してやる」

 それ、なんてご褒美。
 いや、そうじゃなくて。

 私はただ呆然と彼を見た。
 彼はニコッと笑った。
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