たとえこれが、何かの罠だったとしても。
私を攫っておきながら、満面の笑みを浮かべる目の前の男には、恐怖以外の感情を抱けなかった。

この人が、伊吹さんのお母さんを…。

そして、伊吹さんたちを苦しめた張本人。

「ま、おふざけはこれくらいにして。あなたを誘拐したのは、伊吹たちをおびき寄せるエサだ」

「エ、サ…」

「伊吹と涼は、私の大切な息子です。それを、あなたの父親が奪った。返して貰いたい」

そう告げる声は、先ほどとは打って変わった低い声。

この人は今、なんて言ったの?

大切な息子?

なんでそんなこと、この男が口にできるの…?

「…けないで」

「え?」
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