たとえこれが、何かの罠だったとしても。
「お兄ちゃんともっと一緒にいたかったのに…。どうして!?」

お兄ちゃんの真っ赤な血で染まったアスファルトの地面。

青白いお兄ちゃんの顔。

涙と嗚咽で、顔がぐちゃぐちゃだ。

そんな私に、目の前の非道な男は言った。

「でも、いくらあがいても泣いても、柳さんは戻って来ないよ。二度と会えない…。死んだ人はもう、帰って来ないんだから」

死んだ人…。その言葉が、私を苦しめる。

お兄ちゃんは、いつかひょっこり戻ってくる。

私はそう信じて、頑張ってきたのだ。

『楓、俺まだ生きてるよ。びっくりした?』

そうおどけた顔で笑うって信じてたのに。

そんなわけないって、本当は分かってたけど……。

そう信じないと、私は限界だったから。

「なんで…なんでお兄ちゃんを殺したんですか?」

「邪魔だったから。棗さんは、いつも俺の邪魔をしてきて…。正義の見方気取りでイライラするんですよ。だから、棗さんに罰を与えようと思った。棗さんから、あなたたちを奪うために殺した。棗さんの苦しむ姿が見たくてね」

あまりの言いように、私は凍りつく。

そんな、そんなくだらないことのために…。

お兄ちゃんは、殺されたっていうの…?

「でも、柳さんも可哀想ですよね。楓さんを庇ったせいで、自分の人生を捨ててしまったんだから…。可哀想に」

そうだ。私を庇わなければ、お兄ちゃんは助かったかもしれない。

今も、笑顔で私のそばにいたかもしれない。

「楓さんも後悔してるだろ?自分だけ生き残ってることに。今からでも遅くない。俺がおまえを殺してあげる」

……いや、私は伊吹さんに誓ったのだ。

お兄ちゃんの分まで強く生きると。

「私は、あなたの言うことには屈しません」

「っ!なんでそこまで…。なんでここまで奪っても、おまえたちは壊れない!?」

目の前の男が動揺する姿に、私も少し驚く。

この人は、とてつもなくヤバい男。

それはもう充分分かった。

……でも、どうしてここまで酷いことを?

この人は、何を抱えているんだろう。

「もういい、俺はもう君を見たくない…」

「あ、待ってください!」

伊吹さんのお父さんは、勢いを無くして去って行く。

追いかけようとするも、別の男に捕まり羽交い締めにされる。

「いやっ!伊吹さん!」

恐怖に震えながら、飲まされた薬のせいで私の意識は落ちていったー。






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