たとえこれが、何かの罠だったとしても。
親父が既婚者と知りながら、今ここに座っている女が。

「母さんは?」

「実なら、友達と買い物だ」

なんだ、こいつ……。

どうしてそんなに平然と言えるんだよ。

「兄貴は?」

「涼はまだ学校じゃないか?」

母さんや兄貴のこと、俺のことも親父はなんとも思っていない。

俺はこの日、瞬時に悟った。

「なんでだよ…。親父は、俺たちのことどう思ってるんだ?母さんがいるのにこんなことして、何考えてるんだよ!俺たち、家族だろ?」

優しさの欠片もないこの男でも、少しは人の心があると信じていた。……いや、信じたかった。
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