死に戻り令嬢と顔のない執事
予想外の彼女の言葉に、会場全体が不吉な程にしんと静まり返った。
「な、な……」
告げる言葉が見つからないというように、ハロルドはわなわなと唇を震わせる。
「何を、馬鹿なことを……この婚姻が、そう簡単に覆るわけがない。そうだ、バートン家がそんなこと承知するものか!」
自分でその婚約を破棄しようとしておきながら、ハロルドは平気でそんなことを宣う。
「ああ。だから、私が間に入ったんだ」
新しい第三の声が、この凍りついた会場に割って入った。
その声に振り向いたハロルドは、喘ぐように大きく息をする。
「なっ……貴様は……」
「リロイ王太子殿下!」
ハロルドよりも、周囲の反応の方が早かった。
次々と床に膝をつき、臣下の礼をとり始める取り巻きたち。そんな中でハロルドだけが取り残され、喘ぐように声を絞り出す。
「何故、お前がここに……」
――リロイ王太子。ハロルドの弟であり、正妃の長男として王位継承権最上位に認められた存在。
立場的に彼を追い出すこともできず、ハロルドは呆然とその場に立ち尽くすことしかできない。
会場の空気をあっという間に支配してしまったリロイは、涼しい顔で口を開いた。
「今、兄上が挙げていたリーシャ嬢の婚約について、話をするためですよ。貴方とリーシャ嬢との婚約が既に解消されていることは、私が証言しましょう。なにしろ父上に話を繋いだのは、私ですから」
「なんの、権限があって、貴様が……!」
混乱の渦中にありながらもハロルドはリロイを邪魔者と見定め、憤怒に満ちた声で彼に迫る。
「わかりませんか」
ピシャリと冷たく、リロイはハロルドの恫喝を跳ね除けた。
「兄上の策謀は、既に露呈しているということですよ。国家擾乱を企んだ、貴方の罪は」
「は……?」
「城下町の青い屋根のタウンハウス」
端的にリロイがそう告げると、ぽかんとしていたハロルドの顔は見る見るうちに青褪めていく。
「書斎の本棚裏の隠し部屋。貴方が設置した本当の悪魔召喚の陣は、既に衛兵たちが抑えています。婚約者に罪をなすりつけるくらいだから、兄上もよくご存知でしょう。悪魔召喚の試みは、死罪に当たると」
「そ、それは……」
苦しそうに何とか言い訳を探そうとするハロルドを前に、リロイは容赦なく言葉を続ける。
「貴方がその浮気相手に唆されて、王太子の座に就こうと画策していることは既に露見しています。悪魔と契約して、一体何をしようとしていたのか……これからゆっくり聞かせてもらいましょうか」
連れて行け、とひと言リロイが命じれば二人はあっという間に捕縛されてしまう。
「離せ、俺を誰だと思っている……! お前ら後で、覚えていろよ……!」
「いやっ、放して……! ハロルド様、助けて……!」
最後まで自分たちの罪を認めぬまま、二人は衛兵に無理矢理連行されていく。しばらく抵抗する声は聞こえたものの、やがて物音は遠ざかり、そして静寂へと飲み込まれていった。