死に戻り令嬢と顔のない執事
「リーシャ嬢、今回の件、情報の提供に感謝する」
彼らが完全に排除されたのを確認してから、リロイはリーシャへと向き直った。
「臣下として、当然のことをしたまでですわ」
涼しい顔で答えながらも、リーシャは内心で安堵の息をつく。
祖父にお願いして、繋いでもらったリロイとの縁。それを駆使しても、ハロルドの企みを暴くにはあまりにも時間が足りなかった。
なんとかこうして破滅の未来を回避できたことは、もはや奇跡にも近い。自分ひとりの力では、到底成し遂げられなかったであろう結末。
この結末を迎えられたのは、あの人のおかげだ。
「今回のこの件は、リーシャ嬢の勇気ある告発により明るみに出た。誉れ高き彼女の英断に、拍手を!」
会場中に響き渡るリロイの言葉に、参加者たちは一斉に手を鳴らしはじめた。
それはやがて嵐のような拍手となって、リーシャに降り注ぐ。
――終わったのだ、とリーシャはその拍手にカーテシーで応えながら呆然と胸の裡で呟いた。
破滅の運命から逃れることができた、私の願いは達成された――遅れてやってきた実感がじわじわと身体に染み渡っていく。
こみあげる達成感に唇を綻ばせて、カーテシーを終えたリーシャはその喜びを伝えようと反射的に右後ろを振り向いた。
――誰も居ない。
その視線の先に広がる虚空を目の当たりにして、彼女の笑みは凍りつく。……私は一体、誰に笑いかけようとしていた?
黒いモヤが身体の中に広がるように、不安が彼女の胸に広がっていく。正体のわからない焦燥感。心拍数が苦しいほどに上がっていく。
息苦しさを覚えながら、リーシャは救いを求めるように盛り上がる会場内を見渡した。
……右。居ない。
……左。居ない。
誰を探しているのかもわからないのに、視線は会場内をうろうろと彷徨う。
「リーシャ嬢!?」
気がつけば、リーシャは踵を返して駆け出していた。リロイの声が後ろから聞こえるが、振り返る余裕はない。体当たりするように扉を開き、肩で息をしながら彼女は誰かを求めて走る。
走る。走る。走る。
驚いたように彼女を見やる周囲に目線を走らせるが、これだ、と思う人影はなかなか見つからない。それでも、彼女は走り続ける。
――やがて。
「待って!!」
庭の木立に消えようとする背中に向けて、リーシャはあらん限りの声で叫んだのであった。