死に戻り令嬢と顔のない執事
第三章

願いと代償


 ――ただ、彼女が笑ってくれれば良かった。
 それだけだったのに。

 それだけの願いを叶えるのが、どうしてこんなにも難しいのだろう。



 ロマの民として生まれたツルギは、子供のころから家族というものに縁がない人生を送っていた。
 母親は小さいころに亡くなったために顔も覚えておらず、父親に至っては誰かもわかっていない。彼が家族と呼べる唯一の存在は、武人である祖父ひとりだけ。

「気味悪い目でこっち見んな、呪われるー!」
「お前なんて、あっち行け!」

 両親が居ないうえに変わった瞳の色をしていたツルギは、一族の中であからさまに異分子として扱われていた。祖父以外に親しい者はなく、周囲からは父親のわからない不気味な目の子供と蔑まれる日々。

 そして十になったばかりの頃、唯一の肉親であり庇護者であった祖父も呆気なく死んでしまった。それからすぐのことであった――体調を崩し寝込んでいた彼が、ロマの仲間たちに捨てられたのは。

 打ち捨てられた小屋の中で襲われる高熱と割れるような頭の痛みに、ツルギは己の死が近づいていることを悟った。――恐怖はない。ただ、虚しいと思うだけだ。
 惜しむような何かがある訳でもなく、ツルギは無抵抗に意識を手放す……。



 それから、どれほど経ったことだろう。柔らかな陽射しが、瞼の裏で優しく彼を照らすのを感じた。そっと触れられる柔らかな感触は、ツルギがしばらく忘れていた温もり。
 意識を失うように眠っていたツルギは、その気配にぼんやりと目を覚ます。

「ぅ……」
「大丈夫? 声は出せる? 気分はどう?」

 うっすら目を開くと、少女特有の舌足らずで高い声が矢継ぎ早にツルギに問いを投げかけた。
 まだ焦点の合わない視界で、ツルギはその声のする方向へ緩慢に目を向ける。

「……っ!」

 天使が迎えに来たのかと、思わず息を呑んだ。
 人形のように美しい少女が、自分の顔を至近距離で覗き込んでいたからだ。高熱で涙の滲んでいた視界は光すらも彼女の一部かのように取り込み、その姿をくっきり浮き上がらせる。

 もはや神々しいとすら言えるその輝き。その光に、もしかして自分はもう死んでいるのだろうかと、ツルギは半ば本気で考えていた。声を出すことも忘れて、少女に見惚れてしまう。

「熱はだいぶ下がったと思うけど……まだ喉が痛むのかしら。ゆっくりと寝てちょうだい」

 まだ幼いのにませた口調でそんなことを言うと、「あら」と少女はツルギと目を合わせて嬉しそうに微笑んだ。



 ――ああ、その瞬間をツルギは決して忘れることができないだろう。花の綻ぶような可憐な微笑みと共に、天使のような彼女は言ったのだ。
「あなたの目、とっても綺麗ね」と。

 ロマの人間から「不吉だ」と謗りを受けてきた瞳を。ツルギですら重荷にしか思っていなかった疎ましいその色を。
 何も知らない彼女はただ、「綺麗」と。そう、言ってくれた。

 ――それこそが、ツルギが生涯忠誠を尽くす主人(あるじ)を見つけた瞬間であった。


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