死に戻り令嬢と顔のない執事
「あった、これだ……!」
喜びの声がツルギの唇から小さく洩れた。
城下町にある青い屋根のタウンハウス。事前の情報通りにあった隠し部屋へと足を踏み入れたツルギは、そこでようやく目的のものを見つけることができた。
彼の足元にあるのは、精緻な書き込みの為された召喚陣。ほぼ完成品に等しいそれは一箇所だけ……代償となる贄の文言だけ空白となっている。
――今回の件でリーシャが用意したとされた悪魔召喚の陣。
それがよくできたニセモノであることに気づけたのは、祖父からロマの技を学んでいたツルギだけであろう。それの意味することに気がついたのも。
すなわち、悪魔召喚はただリーシャを断罪し処分するための手段ではなく、それ自体に目的があるのだと。
であれば、必ず本物の召喚陣があるはず。それさえ見つけられれば、リーシャの潔白は証明できる……そのために、ツルギは必死にその証拠を探してきたのだ。
ようやく見つけた――リーシャが連れ去られてから数日間ロクな睡眠もとっていないツルギは、またとない証拠を前に疲弊とも安堵ともわからない溜め息を吐き出す。
――その時だった。
今まで何の反応も示さなかった召喚陣が、突然仄暗い光を放ちはじめたのは。血のように紅い文言が召喚陣の上で妖しく燃えはじめ、そして踊るように身をくねらせていく。
「…………っ!?」
何が起きたのかと呆然と佇むツルギの目の前で、陣の中には新たな文字が生成されはじめる。空白だった贄の欄に記されていく、あってはならない名前――『リーシャ・バートン』。その名前から、まるで彼女の身体から流れ落ちるように朱い鮮血がどくどくと滲み出る。
「嘘だっ、まだ裁判まで日があるはず……!」
「ふふ。堪え性のないあの男に、そこまで待つような余裕なんてあるわけないじゃない。対価は、確かに受け取ったわ」
「っ、誰だ……!」
思わず洩れた彼の悲鳴に答える、突然の声。
ばっと顔を上げたツルギの目に飛び込んできたのは、召喚陣の縁に腰掛けた男の姿であった。下半身は陣の中央に沈み込んだまま、男は艶やかな微笑みを浮かべて「ハァイ♪」とツルギに向かって親しげに手を振ってみせる。