死に戻り令嬢と顔のない執事


 温度のない視線に射すくめられ、ツルギは背筋に氷を押し当てられたような寒気を覚えてぞくりと身を震わせた。

「……祖父からお聞きしています」

 言うべき言葉を考えながら、ツルギは慎重に口を開く。

「悪魔召喚とは、願いを叶える術ではないのだと。これはあくまで『気まぐれな隣人』を呼び寄せる手段で……ここまで払った対価は、それだけのためのものに過ぎないのだと」
「あら、そこまでちゃんと伝承が残っていたなんて驚き。あの王子はそんなコト、ちっとも知らなさそうだったけれど」

 揶揄(からか)うような言葉と共に、グィニードは首を傾げる。

「それで? アナタは何を考えているのかしら?」



「それなら『気まぐれな隣人(グィニード)』よ、貴方は召喚主ではなく俺と取引をすることも可能、なのでは?」
「…………」

 何も答えずにグィニードは無言でツルギの言葉の続きを催促する。そんな彼に向かって、ツルギは躊躇(ためら)いなくがばりと頭を下げた。

「払えるモノなら何でも払います。俺の命を捧げたって構いません。だから、お願いします。どうか……どうか、お嬢様をこの馬鹿げた死の運命から救ってほしい。幸せに生きられる道を、そのチャンスを、いただけないでしょうか!」
「へぇ? 何でもする、って言うだけなら簡単なのよね。彼女のタメに今すぐ死ね、って言われて果たして本当にできるのかしら?」

 冷めたグィニードの声にも、ツルギは怯まない。

「ええ。それで彼女が、幸せになれるなら。それさえ成し遂げられるのであれば……俺は、この世界を差し出せと言われても構いません」
「この世界を、ですって……?」



 思いも寄らないことを言われた、とグィニードは口に手を当てる。
 しばし呆気に取られた顔をしてから、彼は肩を震わせて笑いはじめた。くつくつと忍び笑う声は、やがて部屋を震わせる程の哄笑(こうしょう)となる。

「想い人のタメなら世界すら犠牲にする……? ふふっ、美談に見せかけてなんたる傲慢、なんたる横暴なの!」

 人ならざる美しい生き物は、嘲るような言葉と共に天を仰いだ。

「そう、それだからこそ人間は面白いのよ! 要人の暗殺なんてツマラナイ仕事、何を言われようと引き受けるつもりはなかったけど、そんな願いならワタシも(たぎ)るというもの!」

 ビシリとツルギを指差して、グィニードは妖艶に笑む。

「己の幸運に感謝することね。他の同族と違って、ワタシは血や争いを好む野蛮なタイプじゃないの。ワタシが好きなのは苦悩、悲嘆、そしてその後の歓喜。――良いわ、アナタの願いを叶えてあげましょう。アナタと、アナタの大切なお嬢様の時間を戻してあげるわ。対価は……」



 少し思考を巡らせてから、グィニードはポンと手を打った。

「彼女が持つ、アナタに関する記憶……とか面白いんじゃない? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。最初は顔、そして名前……やがてアナタの存在すら、彼女は忘れてしまうでしょう。少し側を離れただけで、アナタという存在は彼女の記憶から消えてしまう」

 どういうことかわかる? とツルギの顔を覗き込むグィニードの表情は、悪戯を思いついた子供のように無邪気で残酷だ。

「アナタがいくら彼女に尽くそうと、それはすぐに忘れられてしまう。アナタの献身は、いつまで経っても報われない。――そんな一方的で(いびつ)な関係が、果たしてどれだけ続くことかしら」
「なんだ、そんなこと」

 しかし仄暗いグィニードの嘲弄とは対照的に、それを聞いたツルギの表情は晴れやかであった。

「それなら俺はもう、とっくに報われている」



 ――リーシャと初めて出会ったあの日に。
 彼女はツルギ本人すら諦めていた自分の生命を、拾ってくれた。今まで見つけられなかった己の価値を、見つけてくれた。それは、彼が初めて手にした救いであった。
 だからもう、それだけで十分なのだ。彼女に忘れられようと、自分がその思い出を忘れることは決してないのだから。その記憶ひとつには、彼女のことを一生守り抜くだけの価値がある。

 ――彼女の中に、自分が居なくても構わない。彼女が幸せに笑えるのなら。
 そして……少しだけ贅沢を言うのなら、そんな彼女の姿を見られたらそれで良い。

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