死に戻り令嬢と顔のない執事

 ――それこそが、悪魔との契約の恐ろしいところなのだ。
 彼らは間違いなく公正(フェア)だ。願ったことは遺漏なく実行されるし、求めた以上の対価を奪っていくこともない。

 しかし、彼らの求める対価は契約者の心の柔らかいところを確実に(えぐ)っていて、契約した人間の心を(むしば)むのだ。望みの叶った契約者の先に用意されているのは、破滅へと続く綺麗な一本道。
 それ故に、悪魔との契約はどこまでも慎重に行わなければならない。



 だから、これ以上自分の欲望が膨れ上がる前に。取り返しがつかなくなる前に一旦リーシャと距離を置こうと、ツルギは苦渋の決断を下したのであった。
 ハロルドによる断罪が回避された今、リーシャの身を脅かす危険はひとまず去ったと考えて良いだろう。少しの間彼女から離れれば、契約の効果通りリーシャは自分のことを忘れるはずだ。

 そうしたら、ただの使用人と主人の関係に戻ることができる。
 一度二人の信頼関係をゼロに戻して彼女の特別な一面を目にすることがなくなれば……心を許した笑顔が自分に向けられなくなれば、こんな醜い衝動からは逃れられる――そう、考えたのだ。

 張り裂けそうな心の痛みを無視して、ツルギはパーティの喧騒が届かない屋敷の外へと足を急がせる。一度足を止めてしまったら、そこからもう進めなくなってしまいそうだ。



 そうして必死の思いで逃げるように庭へと出たところで……「待って!」と、聞こえるはずのないリーシャの声が後ろから響いたのであった。


< 20 / 24 >

この作品をシェア

pagetop