死に戻り令嬢と顔のない執事
たとえ忘却が二人を分かつとも
「お願い……待って!」
遠ざかっていく背中に向かって、リーシャはあらん限りの声を振り絞った。
見覚えのある背中は、その声を聞いて静かに足を止める。しかし、前を向いたまま背中の主はこちらを向こうとはしてくれない。
振り向かない彼を前に、リーシャは気持ちを落ち着かせようと静かに深呼吸を繰り返す。
――何を探しているのかもわからず、ただ自分に足りない「何か」を追って駆け出していたリーシャ。それは深い霧の中を手探りで進んでいくようで、足元すらおぼつかない不安な探索であった。
でも、その背中を見た瞬間に不安は確信へと変わった。欠けているのは彼だ、と相手の名前もわからないのに実感を掴む。
「お願い……こっちを向いて」
呼びかける名前がわからなくて、震える声でリーシャは懇願した。
少しだけ躊躇いを見せてから、目の前の彼はゆっくりと振り返る。
黒い髪がふわりと風に靡き、その顔を露わにした。キリリとした眉、すっと通った鼻筋、薄い唇……そんな精悍な顔立ちがリーシャの記憶に残ることなくするするとこぼれ落ちていく中で、ただ彼女を見つめる灰緑の瞳だけがリーシャの魂を撃ち抜いた。
優しく、甘く、それでいて苛烈な程に熱の籠もった灰緑の瞳。リーシャをずっと見守ってきてくれた、忘れたくないその視線。
――間違いない、彼だ。私の執事だ。