死に戻り令嬢と顔のない執事

「お嬢様、どうして……」

 執事の言葉を最後まで待たず、リーシャはその身体に飛びついていた。
 淑女らしさなんて気にする余裕もなく、化粧や髪型が崩れることも構わなかった。ただ、彼が離れてしまうことだけが不安だった。



 震える彼女の身体を抱き止めてから、彼は躊躇いがちにリーシャの肩に手を伸ばす。

「何かあったのですか? まだ、パーティの途中では?」

 驚きを滲ませながらも落ち着きを保った彼の言葉に、リーシャはイヤイヤと首を振った。

「貴方のことが気になって、それどころじゃなかったの! 私を置いて、何処に行こうとしていたの? お願いだから、居なくならないで。私のそばに居て……! 私は……」

 一瞬だけ言い淀んでから、リーシャは激情を(ほとばし)らせるように言葉を放つ。

「貴方のことが、好きなの! 貴方の名前も顔も覚えられない私がこんなことを言うのおかしいってわかっているけれど……でも、ずっと貴方だけが私の心の支えだった。先の見えない真っ暗な現実で、貴方が私の手を引いてくれた。そんな貴方のことを、私の大切な半身を忘れたくないの! 貴方を愛しているから!」
「お嬢様……」



 呆然とリーシャの告白を聞いてから、執事は苦しそうに首を振る。

「そんな、一介の使用人の俺では貴女を幸せにできません。俺は、お嬢様に幸せになって欲しいんです。そのために、俺は……」
「貴方のそばに居られれば、それで幸せよ!」

 噛みつくような勢いでリーシャが断言すると、執事は驚いたように目を瞬かせる。



 これ以上彼と目を合わせることができなくて、リーシャはそっと視線を落とした。そんな彼女の耳朶に、囁くような掠れた声が届く。

「本当に……俺なんかで、良いんですか。ここで貴女が頷いてしまったら、俺はもう二度と貴女を離すことができなくなるでしょう。いつか貴女が自由を願っても、その時には逃がしてあげられなくなってしまいます。それでも……構いませんか」

 力がこもっているわけでもないのに、その声にリーシャはぞくりと背筋を震わせた。彼の言葉が誇張でないことは、その熱く絡めとるような視線が雄弁に物語っている。

 その執着に満ちた視線を受け止めて、リーシャは迷わずに真っ直ぐ頷く。

「えぇ。構わないわ。家を捨てる覚悟だって、できている。たとえ貴方が悪魔でも……喜んでこの身を捧げましょう。貴方を、愛している」
「悪魔でも、ですか……」

 その言葉に低い声で笑う執事の呟きに、リーシャは首を傾げる。


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