死に戻り令嬢と顔のない執事
不相応な婚姻
――政略によって決められたハロルドとの婚姻。しかし、彼女にとってこの婚姻は幸せなものとは言いがたいものであった。
婚約者であるハロルドが彼女を尊重することはなく、リーシャは疎んじられる一方。そのくせ彼は自由に使えるリーシャの家の財産だけはアテにするのだから、タチが悪い。
(まぁ王族である彼がたかが伯爵家、しかも新興貴族のウチと婚約するなんて……不満を覚えるのも無理はないけれど)
人間性こそ問題があるものの、ハロルドは紛れもない第一王子。伯爵家に入らなければならないなんて、彼にとっては屈辱でしかないだろう。
王家と伯爵家……本来であれば不釣り合いな婚姻だ。しかし、この婚姻にはやむにやまれぬ事情が隠されていた。
実のところハロルドは第一王子でこそあるものの、王位継承権をほとんど有していない。王太子は第二王子であり、王位継承権としてはその次に王弟、従兄弟……と続いていく。彼の継承権は七番目だ。
その理由は、彼の出自にある。彼の母親は、踊り子なのだ。それも貴族籍どころか市民権すら持たない、ロマの一族の。それが王に見初められて後宮へと入り、ハロルドを産んだのである。
もちろん後宮に入るに当たって彼女は侯爵家の養子となり、戸籍上は貴族の一員となっている。しかし、その経緯は皆が知るところ。後ろ盾もろくに持たないその息子が王になるとは、誰も考えていない。
とはいえ、彼は第一王子だ。何の手も打たなければ、王位を争う火種となりかねない。
ということで、王家はハロルドがまだ幼い頃からその受け容れ先を探したのであった。……王族としてハロルドを尊重し、いずれは彼を(名目上でも良いから)家督に祀り上げてくれる都合の良い家を。
(……それが、我が家ってわけ。この話は、両家にとって都合の良い話だった)
バートン家は、三世代前に爵位が認められたばかりの新興貴族だ。精力的に流通事業に取り組み、事業を発展させてきた商家。そのため歴史の浅いバートン家を「成金バートン」と嘲笑う貴族は未だに多い。
だからこその、この婚姻なのだ。
王家は資産的に大きな力を持つバートン家を取り込むことができ、いずれは当主に王子を置くことができる。国の血流ともいえる流通を担うバートン家を味方につけることの利点は大きい。
そしてバートン家も王家とつながりを持つことが可能となり、王子を迎え入れることで箔がつく。どちらにとっても、都合が良い話。
そして、ハロルドは王太子教育から徹底的に排除されたのであった。
下手に才覚を示されたら、せっかく落ち着いた後継者問題が再燃してしまう。王位継承権を持たない彼は、愚かなぐらいが丁度良い――そんな王家の思惑通り、彼はすくすくと育った。それはもう、目を覆いたくなる程に我が儘かつ傲慢で無能な男に。
一方のリーシャはその逆だ。元よりその夫となるハロルドに、家を切り盛りする能力は求められていない。その分のしわ寄せが、すべてリーシャの肩にのしかかったのである。
そうして重圧に耐え、婚約者に疎んじられながらもリーシャはひたすらに努力を重ねてきた。その結果が……あのザマだ。
(だからもう、私はかつてのような我慢なんてしてやらない。この人生では、自分のやりたいように過ごすんだ……!)
ぎゅっと唇を引き結び、リーシャは顔を上げる。
せっかく手に入れた人生をやり直すチャンス。好きなことをして自分の人生を貫いてやる――!