死に戻り令嬢と顔のない執事
「お祖父様は、ツルギと親しいの?」
一介の使用人を相手にしているとは思えないそんな距離の近さに、リーシャはつい口を挟んだ。
「そりゃまぁ、子供の頃のコイツを引き受けることを決めたのは、儂じゃからの。小さい頃から目を掛けたきたんじゃ、もう孫のようなものよ」
「……そうだったの」
思いがけないところで、ツルギの情報が手に入った。ということは、少なくとも巻き戻った「今」の状態では、彼が居ることは至極当然のことなのだろう。
そんなことを思ってひとりで頷いていると、ジェドは不思議そうに口を開く。
「覚えておらんのかね? そもそも行き倒れていた彼をどうしても助けたい、自分の使用人にするからと頼み込んだのはリーシャだったろうに」
「…………」
思いがけない過去を告げられるが、まるで他人の思い出話のようにしかリーシャには感じられない。
「その後、あの馬鹿息子がハロルド殿下との婚約を勝手に決めてきて、もう付き合ってられんと儂は家を出たのじゃが……ずっとリーシャのことを心配しておったよ。だから、こうして相談に来てくれたことが本当に嬉しいとも」
「お祖父様……」
彼の瞳に宿る真摯な気遣いの色を見て、リーシャの胸は潰れそうになる。
「近頃ハロルド殿下は、リーシャを蔑ろにしてどこぞの貴族の娘にうつつを抜かしている……そんな話は聞いていたが、今日の相談はその話かな」
「えぇ。でもまずお聞きしたいのは……」
ごくりと唾を飲んでから、リーシャは意を決して声を出す。
「悪魔召喚についてなんです」
「悪魔召喚、か……」
突然告げられた言葉に少しだけ驚きを目に表しながらも、ジェドは落ち着いた声で呟いた。
「異界より悪魔を呼び寄せ、対価と引き換えに望みを叶えるための手段――悪魔召喚。その効果は絶大で、本来であれば叶うはずのない望みすら現実のものとできると言われている。……とまぁ、そんなお伽話の話だ」
しかし、と彼は鋭い眼光で虚空を睨む。
「そんなお伽話に対して、今もなお法律が機能しているというのは不思議な話ではある。我が国において悪魔召喚を執り行なった者は、それを試みた段階で問答無用の死罪――馬鹿らしい内容だが、かつては王家に逆らう者を処刑するための大義名分として持ち出されていた法律であろう。といっても儂の知る限りで近年、その沙汰が実際に下されたことはないがね」
「問答無用の、死罪……」
かつての自分が辿った道を思い出して、リーシャはギュッと右手を握り締める。
「そんな法律が作られたということは、かつて悪魔召喚という呪術は実際に存在したのかもしれぬ。……それがどこまで効果があるのかは置いといて、の」
ふぅ、とジェドは大きなため息を吐き出す。
「そして悪魔召喚といった呪術、儀式はロマの民の専門……もしやハロルドの奴、そんな禁術に手を染めようとしているのか。母親がロマの出身だし、いかにもそんな愚かな行為に手を出しそうじゃが……」
明言は避けて、リーシャは無言で微笑むにとどめた。あのひと言でそこまで見通すのかと驚きを覚えながらも、表面上は平静を取り繕うのを忘れない。
「まぁ言いたくないということであれば、良かろう。詮索はせぬ」
肩をすくめ、ジェドは最後に締めくくる。
「儂に言わせれば、悪魔召喚はお伽話の迷信じゃ。ただし、それはただのお伽話ではない。人を殺せるだけの力を秘めておる……。気をつけなさい、リーシャ。それに関わるのであれば、その心構えがないと呑まれるぞ」