元令嬢は俺様御曹司に牙を剥く 〜最悪な運命の相手に執着されていたようです〜
 その横顔を見ていると、なぜだか涙がこみ上げてくる。飛鳥はこちらを見向きもしない。そんな彼を見ていると、涙が次から次へと溢れてきてしまった。

「何、これ……」

 信じられない。自分がこんなヤツの前で、こんなに泣いているなんて。

 ぼやけた視界の向こう、飛鳥はただずっとチョコレートを食べている。ムカつくのに、救われた気もする。だから、なのか。

「いきなりだよ、お父さんもお母さんも死んじゃって」

 心の奥に押し込めていた、幼稚な私が出てきてしまった。それでも、飛鳥はチョコレートをバリバリ、ボリボリと頬張るだけだ。

「お父さんの会社もなくなっちゃって、大好きな婚約者だっていたのに破談になって、独りぼっちになっちゃって」

 バリバリ、ボリボリ。

「ムカつく久恩山に引き取られて、悲しくないわけないのに、みんな腫れ物扱いするから泣けなくて」

 バリバリ、ボリボリ。

「アンタは話聞かないし、もうホント何なんだって――」

 バリバリ、ボリボリ。

「――って、本当に話聞いてないし」

 ため息を零したら、涙も止まっていた。聞いて欲しかったわけじゃないのに、聞いてないと知ったらがっかりする。

 それでも、胸の内にあった気持ちを吐き出せて、幾分心は軽くなった。ちょうど良かったかも、なんて思っていると、不意に飛鳥が立ち上がり、こちらにやってきた。

「これ食って、寝ろ」

 そう言って、私の口にチョコレートを押し込んだ。

 恥ずかしくなってすぐにその場を後にしたけれど、部屋に戻ってからも口の中のチョコレートは溶け切らなかった。

 甘くて酸っぱくて、優しくて辛辣な味。後から小っ恥ずかしくなって、それ以降夜中に食料庫には行けなくなってしまったが、それでもあの味だけが忘れられない。
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