元令嬢は俺様御曹司に牙を剥く 〜最悪な運命の相手に執着されていたようです〜
 運転手つきの黒塗り高級車は、老舗ホテルまで私たちを運んだ。飛鳥にエスコートされ着いたのは、ホテル内で一番広い宴会場だ。

 久々のパーティーに気後れしてしまう。けれど飛鳥がぐっと腰を抱き寄せてくれて、それだけで大丈夫なような気がした。

 流石、久恩山家の御曹司だ。会場に足を踏み入れた瞬間から、飛鳥の元にはひっきりなしに誰かがやって来る。

 政治界の重鎮に、経済界の新星。幾多の賞を総なめしたスター俳優までいる。そのたびににこやかな笑みで談笑をし、私を婚約者だと紹介してくれる飛鳥は輝いて見える。

 令嬢時代、父母に連れられ行った社交場を思い出し、私も笑みを浮かべて相槌を打った。けれど、もう誰も玖珂製薬のことなど覚えていないらしい。私を元令嬢だとは、誰も気づかなかった。

 挨拶の途中、有名企業の社長と飛鳥が込み入った話になった。相手方は私を一般従業員だと思っているらしく、ちらちらと私に視線を向ける。

 邪魔なんだよね、と、足元に視線を落とした。飛鳥のつま先が、小刻みに揺れている。きっと、飛鳥も同じ気持ちなのだろう。

「向こうにいるね」

 顔を上げて遠慮すれば、飛鳥は申し訳なさそうな笑みを浮かべた。

「悪いな。あっちに立食形式のブッフェもあるから」

 食べることなら好きだ。せっかくの高級ホテルで、久恩山家のパーティー。メニューも美味しくないわけがない。私は一人、飛鳥から離れてブッフェコーナーに向かった。
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