学園王子の彗先輩に懐かれています

5 無自覚な芽生え



 ○学校。自分のクラス。

 奈子に近づいたりはしないけど、睨んだり聞こえるように悪口を言ってくることはなくなった女子たち。
 少し気まずそうにチラチラと奈子を見てくる。

 彗が「俺のネコに何か嫌がらせや文句を言うヤツがいたら、俺……絶対に許さないから」と言ったことはすぐに学校中に広まり、奈子を敵視してはいけないのだと判断されたらしい。


 瑠美「みんな、あからさまに態度が変わったね〜」
 奈子「う、うん」
 瑠美「まずは謝ってきなさいよって感じだけどね!」
 奈子「あはは……」


 奈子のジャージが水で濡らされて女子トイレにあったこと、彗のジャージを借りたことに文句を言ってきたこと、それを知った瑠美は不機嫌そうに言った。


 奈子(もう嫌がらせはされなそうだけど、仲良くもしてくれないみたいだな)


 友達をたくさん作りたいと思っていた奈子だけど、そこまでのショックはなかった。
 クラスメイトに嫌がらせをするような子たちと仲良くなりたいとも思わないし、何より自分には瑠美という素敵な友達がいると改めて思えたからだ。

 奈子は自分の席の前に座っている瑠美をチラッと見た。


 奈子(でも私には瑠美がいてくれるから大丈夫)
 ふふっと微笑む。

 瑠美「それにしても、私も彗先輩のかっこいいブチギレシーンを見たかったなぁ〜。一緒に保健室行けばよかった」
 
 奈子(ブチギレ!?)

 奈子「そんなキレてないよ。怒鳴ったりとかじゃないし」
 瑠美「でも、見てた子がすっごい迫力あったって言ってたよ」
 奈子「まあ迫力は……あったかもしれないけど……」


 奈子の机にやや乗り出し、奈子に顔を近づける瑠美。
 他の子には聞かれないように、さっきよりも小さい声で尋ねてきた。


 瑠美「彗先輩って、奈子のこと好きなのかな?」
 奈子「えっ!?」

 奈子(私を好き!?)

 奈子「ないないない!」
 瑠美「だって、好きでもない女の子のこと、そんな風に言ったりする?」

 奈子(それはたぶん、餌付けされたからじゃないかな……)


 奈子は初めて彗に会った日とこの前お店に来てくれたことを思い出す。
 お腹を空かせた彗にオムライスをあげたことで、自分と自分のオムライスを気に入ってもらえたらしいのだ。


 奈子「彗先輩は私のこと女としては見てないよ」

 奈子(さっきもカイロ扱いだったし)

 瑠美「え〜〜そうかな〜〜」


 あまり納得のいってなさそうな瑠美。
 そのときチャイムが鳴り、みんな自分の席に着く。


 奈子(あの彗先輩が私を好きだなんて、ありえないよ)


 ○奈子の母の定食屋。夕方。

 夕方から営業開始の定食屋(昼間は事前注文のお弁当販売のみ)
 オープンと同時に店にやってきた彗。


 母「いらっしゃ……あら?」
 彗「…………」


 まだ忙しい時間帯の前なので、店に出てきていなかった奈子。
 彗が来たことで母に呼ばれる。(2階にある自分の部屋にいた)


 母「なこーーっ! 来てーーっ」

 彗(……やっぱりネコって聞こえる)

 奈子「どうしたの?」
 階段を下りながら。

 母「彗くんが来てるのよ」
 奈子「えっ?」


 パタパタ……と急いで階段を下りて彗の前に出る奈子。
 彗はすでにカウンターに座っていた。


 奈子「彗先輩……」
 彗「ネコ。オムライス」
 奈子「! またですか? 2日連続で食べたのに……」
 彗「朝と昼は食べてない」
 奈子「そうですけど……」

 奈子(飽きないのかな?)


 驚く気持ちとともに、そこまで自分のオムライスを気に入ってくれたのかと嬉しくなる奈子。
 戸惑いながらもオムライスを作る。


 奈子「…………」
 彗「…………」


 調理している奈子をジッと見ている彗。
 奈子は彗に見えない場所で、オムライスにケチャップで『ありがとう』とメッセージを書いた。
 それを彗に差し出す。


 奈子「お待たせしました」
 彗「…………」
 オムライスを凝視。

 彗「……何これ」
 奈子「今日ジャージを貸してもらったお礼です」
 彗「お礼……」


 フッと笑う彗。
 その笑顔を間近で見て、ドキッとする奈子。


 彗「どういたしまして」


 少し微笑んだ顔で言われて、頬が赤らむ奈子。
 そのとき、お店のドアがガラガラッと開いて高校生の男の子が入ってきた。
 その男の子は、奈子と同じ中学の同級生だ。


 男「あ。奈子だ」
 奈子「ノブ!」
 彗「!」


 奈子に名前を呼ばれた男の子をジッと見る彗。
 そんな視線に気づいていないノブは、ニコニコしながらカウンターまで歩いてきた。


 ノブ「なんか俺の母ちゃんが昼に弁当頼んだらしくて、それを取りにきた。体調が悪くなって取りにこれなかったんだってさ」
 奈子「そうなんだ」


 裏に行っていた母が戻ってくる。


 母「あっ! ノブくん! 来てくれたんだね」
 ノブ「はい。昼に来れなくてすいません」
 母「いいのよ。お母さんの体調は大丈夫?」
 ノブ「はい。熱があるみたいで、この弁当は俺が食っていいって言ってました」


 ニカッと笑って嬉しそうにするノブ。
 そんなノブを見て、クスッと笑う奈子と母……を無表情(少し不機嫌そう)に見ている彗。


 母「ありがとう。お母さんによろしくね」
 ノブ「はい」
 お会計をしてノブにお弁当を渡す。


 ノブ「じゃあな。奈子」
 奈子「うん。バイバイ」


 ノブが店から出て行くのをカウンターの中から見送ったあと、ものすごくジトッとした目でこちらを見ている彗と目が合う。
 ギョッとする奈子。


 奈子(えっ? 何?)

 彗「今の誰?」
 奈子「同じ中学の友達……です」
 彗「名前で呼び合ってるの?」
 奈子「中学の子はだいたい……」
 彗「ふーーん」


 いつも通りの無表情だけど、どこかトゲがあるような言い方だ。
 奈子は不思議そうに彗を見つめた。


 奈子(どうしたんだろう?)

 奈子「そういえば、今日は早いですね」
 彗「……この前は律の部活が終わるのを待ってたから」
 奈子「そうだったんですね」
 彗「…………」


 ムスッとしながらも、彗はパクパクとオムライスを食べている。
 いつも通り綺麗に食べ終わった彗は、1000円札をカウンターに置いてガタッと立ち上がった。


 彗「ごちそうさま」
 奈子「あっ、お釣り!」
 彗「いらない」

 奈子(そういうわけには……!)


 スタスタと足早に出ていってしまった彗を見て、奈子はお金を掴んで急いであとを追いかけた。


 ○店の外


 奈子「彗先輩っ」


 少し先に行っていた彗に追いつき、その袖を引っ張る。
 彗はゆっくりと振り返った。


 彗「何?」
 奈子「お釣りです」
 彗「いらないってば」
 奈子「そういうわけにはいかないです」


 無理やり彗の手に小銭を握らせると、奈子はふぅ……と息を吐いた。


 奈子「……では、ありがとうございました」


 そう言って店に戻ろうとした奈子の腕を、彗がグッと掴む。


 奈子(え……?)

 彗「…………」
 奈子「彗先輩?」
 彗「……ごめん。俺、イライラしてた」
 奈子「?」


 彗はそう言うなり、奈子の腕を離した。
 不機嫌そうだったオーラは消えて、今は気まずそうな空気を感じる。


 奈子「何かあったんですか?」
 彗「……さっきの男がネコのこと『奈子』って呼んでたから、ちょっとイラッとした」
 奈子「ノブのことですか?」
 彗「うん」

 奈子(なんでそんなことでイラッとしたんだろう?)

 奈子「……じゃあ、先輩もネコじゃなくて奈子って呼びますか?」

 奈子(というか、私はずっと奈子ですって言ってるんだけど)


 あまり深く考えずに出した提案。
 彗は少し考えたあとに、真っ直ぐに奈子を見つめながら口を開いた。


 彗「……奈子」
 奈子「…………!」


 初めて彗から奈子と呼ばれ、心臓が驚くほど大きくドキッと跳ねる。
 同級生の男子からもずっと呼ばれ続けていた名前なのに、彗に呼ばれただけで心が乱されている。

 なぜか、名前を呼んだ彗のほうも少し驚いているように見えた。
 しばらく黙ったまま見つめ合う2人。


 母「なこーーっ? どこ行ったのーー?」


 店から母の叫ぶ声が聞こえて、ハッとする2人。


 奈子「あっ、あの、もう戻らなきゃ。しっ、失礼しますっ」


 赤い顔を隠すように、下を向いて走り出す奈子。
 その場にポツンと残された彗の頬も、赤くなっていた。
 ドキドキドキ……と鼓動も速くなっている。


 彗「……なんだこれ」


 戸惑った顔で、そうポツリと呟いた。
 
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