麗しの年上社長は、私にだけ貪欲すぎる
「に、新田社長、あの……」
呼びかけるも、返事がない。
拗ねたような少し荒いため息が、後ろから聞こえた。名前を呼ばないと、話をしてくれないようだ。
奈緒は昨晩と同じように彼の名を呼んだ。
「京助さん」
「はい」
簡単に返事をする京助。
「腕を解いてはくれないでしょうか?」
奈緒の肩に顔を埋める京助。さっきとは違う、細々とした心配そうなため息をつく。
「いなくなりませんか?」
「いなくならないです」
「……分かりました」
京助からの抱擁が解けると、奈緒はゆっくりと京助の方を向いた。
顔を上げると、安堵感と焦燥感が入り混じって揺れる、京助の瞳と目が合う。
奈緒は申し訳ない気持ちになった。
「すいません、ちょっと……びっくりしてしまって」
「いえ、僕も悪いので。……てっきり、君は僕のことを知っているものかと」
「もちろん、新田京助という名前は知っていたんですけど、まさか、京助さんがうちの社長だったとは、思わなくて……」
(苗字は聞いていなかったから)
「京助さんは、私がここの社員だということは知って……」
「ええ、その制服を着ていましたから」
(本当に、私が何も知らなかったんだ……)
冷静になっても、自分のしてしまったことを重く受け止める。
相手はただの上司ではない。未来の新田産業を背負う、次期会長。そんな人と一夜を共にしてしまった。
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