麗しの年上社長は、私にだけ貪欲すぎる
終業時間から一時間遅れ、奈緒は退社していた。
「疲れた……」
思わず呟かれた言葉。
終業間際、宿泊したお客様がホテルに携帯を忘れたと連絡があった。宿泊した部屋を清掃したのは奈緒だったが、部屋に携帯はなく、客室係でホテル内をくまなく探した。幸い、携帯はプールのロッカーで発見され、無事にお客様の元へ戻った。
あくびをしながら、両腕を空に向かって伸ばす。いつもより忙しなかったせいか、体が重く感じる。
(帰ってお風呂に入って。すぐに寝よう)
従業員用出入り口から出て、駅に向かって歩いていると、ホテルの前に見知った人の姿がいるのが見え、足を止めた。
「美玲姉さん……?」
奈緒の呼びかけに、女性は顔を上げた。
負けん気の強い大きな瞳が奈緒を捉える。
「遅い……!!」
美玲は不機嫌そうに一気に眉間に皺を寄せ、ズガズガとこちらに向かってきた。
「なんでこんなに遅いわけ? 電話にも出ないし!」
「え? あっ……」
慌ててポケットから携帯を出して確認すると、三十分程前に美玲から電話がきていた。
「あんたって昔からそう、ほんと鈍いんだから。それでよくこんなホテルで働けるわよね」
言いながら、美玲はホテルを見上げる。
相変わらず蔑んでくる美玲に、奈緒は力なく笑うしかなかった。
「うん、ごめんなさい」
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