麗しの年上社長は、私にだけ貪欲すぎる
自宅に帰った奈緒は、クローゼットに向かった。
衣類カバーのファスナーを下ろすと、可愛らしい藤色のドレスが垣間見れた。
片手で、そっとドレスに触れる。
「……」
静かに頬に涙が伝った。
気持ちが負けてしまわぬように、すぐに指で払う。
(大丈夫。こんなこと、今まで数えきれないほどあった。私の物は美玲姉さんの物。美玲姉さんは愛される人で、私はそうじゃない。これは当然のこと。当然の……こと……)
母の遺品は全て処分された。このドレスを除いて。
大好きな母を感じることの出来る唯一の品。それを美玲に渡すことが耐え難かった。だが、奈緒に選択出来る権利などない。
「奈緒、早くして」
リビングから、冷めた美玲の声が聞こえる。
またこぼれきてしまった涙を払い、奈緒は急いでリビングへ。
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