その執着は、花をも酔わす 〜別れた御曹司に迫られて〜
乾杯
あれからもう七年も経ったんだから、いい加減前を向かなくちゃいけない。
なのに、私は——

五月のある金曜日。
二十一時。

雪中(ゆきなか)さん、良かったら俺と……付き合ってもらえないかな。できれば結婚を前提に」
仕事帰り、二回目の二人きりでの食事が終わった席でそう言ってくれたのは海棠秋広(かいどうあきひろ)さん。
スラっと背が高くて、鼻筋は通っているけどどこか優しい雰囲気をした顔立ち。年齢はたしか……三十二歳。
言われた私は、雪中花音(かのん)、二十九歳。

私たちは『スーシブルーイング』というアルコール飲料のメーカーで働く同僚同士。
彼が営業をしていて、私はそのサポートをしている海棠さん付きの営業事務。
彼が転職してきて一年半、仕事ぶりを間近で見てきたから、優秀な営業マンだってことも、人柄が誠実だってことも知っている。
交際も、その後に続く結婚だって、穏やかに上手くやっていけそうな未来が想像できる。

もう子どもじゃないから、今日こういう話になるのはなんとなくわかっていた。わかっていてここに来たの、だから……

「ごめんなさい、私、お付き合いはちょっと……」

〝イエス〟と答えるつもりだったのに。
目の前の彼は、がっかりした悲しそうな表情。
「海棠さんが嫌だとか悪いとか、そういうことじゃないんです」
あくまでも、私の問題。
「誰か、忘れられない人でもいるの?」
「え……」
「雪中さん、ときどき何かを思い出すように遠くを見ていることがあるから」
彼の言葉に、思い出したくない記憶がよぎる。
「そうですね、忘れられない……嫌な思い出ならあります」

もう、恋愛なんてできないのかもしれない。
そう思わせるような記憶。

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