その執着は、花をも酔わす 〜別れた御曹司に迫られて〜


九年前。
二十歳の私は大学に通いながら、夜は両親が経営しているバルでアルバイトという名のお手伝いをしていた。
『何度来ていただいても、うちはロベリアビールさんとのお付き合いがあるので』
あの頃はよく、父がアルコールの営業を断る姿を見かけた。
『すぐにロベリアさんとの付き合いをやめてくれと言っているわけではありません』
その営業さんは若くて、ひたむきで、ずっと父の目を見て話すような男性だった。
『試しにひと月だけでも弊社のビールをロベリアさんと並行して取り扱っていただけませんか?』
その人の会社、碇ビールとロベリアビールは商品の仕入れ価格が全然違って、うちがロベリアから切り替えるメリットなんてはっきり言って無かった。

だけど私はロベリアの営業さんが嫌いだった。

歳は二十代後半くらいの人だったと思う。
『仕事中ですから。鞘元(さやもと)さんだってお仕事じゃないんですか?』
『俺はもう終わるよ。待ってるからさ、たまには飲みに付き合ってよ』
夕方、店の裏で開店の準備をしている私にいつもこうやって絡んできたから。
『花音ちゃんのためにうちの酒、安く卸してるんだよ?』
〝頼んでない〟って言いたいけど、店のことを考えると無碍にもできない。
面倒だなと思いながら、髪を耳にかける。
『すみません、仕事の後も忙しいので。また今度誘ってください』

私が彼を適当にあしらってため息をついたとき、通りがかった碇ビールの営業さんと目が合った。
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