その執着は、花をも酔わす 〜別れた御曹司に迫られて〜
「当たり前だろ? 君を雇うためにスーシを買収したんだ」
どうして?
「なんで今さら、私なんかにこだわるの?」
「今さら……か」
彼は一瞬、言葉を選ぶように沈黙した。
「……これでも君を忘れたことなどないんだがな」
「そんなの嘘」
「嘘?」
「……だってあなたは、婚約者と一緒にアメリカに行ったじゃない」
そうよ。私を置いて。
「結婚したんじゃないんですか?」
「結婚はしていない。一度も」
結婚しなかった?
本当にどうして? さっぱりわからない。
「だからって、どうして会社の買収なんて……」
私がどんな思いでスーシに入ったのか、あなたは知らない。

「私の大切な場所だったのに」
「大切だと思うのは勝手だが、あの社長の杜撰な経営ではもってあと数か月だっただろうな」
「え……」


スーシに戻って経理のスタッフにこっそり聞いてみたら、その通りの経営状況だったのだと教えてくれた。
開発職出身の職人気質の社長は、新製品の開発に毎回のように採算度外視で資金を投入してしまっていたようだ。
変わり種のクラフトビールが売りの会社だったことが、その体質を余計に煽ってしまっていたらしい。
だけどそういうメーカーならではの大手とは違う商品開発のノウハウが、碇にとってのメリットともいえるのかもしれない。

〝私が辞めれば全員クビ〟というのは横暴でしかないけど、どちらにしろ数か月で全員職を失っていたのであれば……助けられたということ?

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