その執着は、花をも酔わす 〜別れた御曹司に迫られて〜


七年前。
大学四年の私は就職活動をしていた。
『どうしてですか? 一度は内定をいただけたのに』
『すみません、こちらも事情が変わりまして』
『そんな、せめて理由を——』
私はアルコール飲料メーカーへの就職を希望していた。
だけど、面接当日に来なくて良いと言われたり、急に内定取消になるという不可解なことが続いた。
でも、しばらくして理解した。
『うちだって、碇とは揉めたくないんですよ』
〝碇家の不興を買った存在〟として、業界で情報が出回ってしまっていたんだ、と。
彼がアメリカに行ってもなお、私は許されていなかった。


仕方がないから別の業界に就職して二年が経った頃。
『新しいメーカーさん?』
『ああ。スーシブルーイングさんといって、クラフトビールをメインにしているそうだ』
父の店にスーシの専務が営業に来ていた。
クラフトビールと聞いて、真っ先に彼のことを思い出してしまう自分が嫌だった。
『専務さんがわざわざ営業に回られているんですね』
『専務といっても小さな会社ですから。まだ立ち上げたばかりで人手も足りなくて』
その言葉と、うちに営業に来ていたのを見て〝もしかしたら〟と思った。
〝碇の息のかかっていない新興メーカーでなら、働けるのかもしれない〟って。
読みが当たって、スーシでは私のことは知られていなかった。
無事就職できたから、営業事務として決して外に出ず、目立たずに働いてきた。
大好きなアルコールの業界で。

スーシは、私のそういう大切な場所だった。

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